1章「そして彼女は目を覚ます」

□4話
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ホールから食堂まではそう遠いわけではない。誰もいない廊下を通り、突き当りの大きな扉を開く。

そこには、このギルドのコンセルジュである羽根の生えた青い猫…に、見えるよくわからない生物のロックス、ギルドの食堂を切り盛りしているクレア、そして依頼を終えておやつを食べに来ているリッドにファラ、ルカとイリア、カイウス、ルビア、カノンノ、そしてマフィンを幸せそうに食べ続ける“彼女”の姿があった。

「よぉ。セネル、シャーリィ」
「早くお前らの取り分とってけ!このままだとおやつ全部持ってかれるぞ!」
「いいじゃない、アデルは今まで全然食べてなかったのかもしれないんだよ?全部食べさせてあげようよ」
「そーよぉ。まったく、カイウスったら心が狭いんだから」
「狭いってなんだよ!お前だってさっき自分の分しっかり確保してたくせに!」
「ちょ、ちょっとそのくらいで喧嘩はやめようよ…ってイリア!それ僕のマフィン!」
「しょーがないでしょ、他のマフィンは全部あの娘っ子の胃袋の中なんだから」
「だからって僕のお皿から取っていかなくても…」

(いつも思うんだが…こいつらのテンションには、ついていけん…)

あまりの騒がしさに少しげんなりしながらも、とりあえずシャーリィと共に椅子に座る。
すると、カノンノが
「あ、2人を紹介するね。こっちがセネルで、それからセネルの義妹のシャーリィ。
セネル、シャーリィ。この子はアデル。新しいギルドのメンバーだよ」
と、律儀に彼女を紹介してくれた。

「よろしく、セネル、シャーリィ!」

彼女…アデルはわざわざ立ち上がり、握手のためか手を差し出してきた。その手は、セネルが驚くほど細い。
背丈はシャーリィと同じか、少し高いくらいだろう。年の頃も似たようなものかもしれない。

(ん…?)

彼女と握手を交わしながら、ふと、セネルはアデルの姿に違和感を感じた。

(どこかで、会ったことがあるような…)

「マフィンたべた?すっごくおいしいんだよ!」
痩せた体、白く綺麗な肌、人懐っこい笑顔、人を信頼しきった目。そして、彼女のもつ雰囲気に見覚えがあった。

「ああっ!マフィンがないっ!!」
「全部食べちまったからな、主にお前が」
「リッドもでしょ!人のせいにしないのっ」
「わ、わたし…ご…ごめんなさい……」
「ふふっ、大丈夫よ。今、追加のマフィンを焼いてるから」
「よかったぁ…ありがとう、クレア!」
「どういたしまして。アデルはすっごくおいしそうに食べてくれるから、作っている側としても嬉しいわ」
「クレア、うれしい?そしたら、わたしはもっとうれしい!よぉし、たくさんたべるね!」
「いや、お前これ以上食べる気か!?あんだけ食べといて!?」
「うん!よかったね、セネル、シャーリィ!いまはこれいっこしかないから、はんぶんこにしてあげるね」
「いや、いい。俺は別に腹が減ってきたわけじゃない。シャーリィに全部やってくれ」
「あ、私もお腹すいてませんから…よかったら、アデルさん食べてください」
「そんな、これおいしいよ?もうくちのなかで、ふわぁっってなって、ほわぁぁってきもちになるからたべなくちゃ!」
「…意味がまったくわからないが、すごくおいしいんだってことは伝わった。だから、お前が食べろ」
セネルの言葉で、アデルがそれはそれは嬉しそうな笑顔になる。

「そうなの?ありがとう!」

(『ありがとう、おにいちゃん!』)

その笑顔が、戦争が激化する前の、まだあの集落を一歩も出してもらえなかった頃のシャーリィの笑顔とダブって見えた。

(そうか、こいつ…シャーリィと似てるんだ。)

先ほどの違和感の正体は、これだったのだ。
外見で似ているのは体型くらいだが、彼女の持つ雰囲気が昔のシャーリィと酷似している。
おそらく彼女もあの頃の妹のように、世の悪しきものも、歪んだもの、汚れたものを一切知らないからだろう。

(記憶がないなら、当然か…だとしたら、)

これから彼女が、妹と同じように現実と直面してしまった時には。

この笑顔は、簡単に奪い去られてしまうのだろう。
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