1章「そして彼女は目を覚ます」

□3話
2ページ/2ページ


「アンジュさん?」

カノンノの声で、はっと我に帰る。

「あ…ごめんね。記憶がないっていう話だったね。そういうことなら、ここで過ごして貰ってかまいません」
「本当ですか!?よかったね、アデル!」
カノンノとアデルが顔を見合わせて笑い合っていう姿がとても微笑ましい。
「ふふっ、二人ともすっかり仲良しね。じゃあ、お部屋もカノンノと一緒の部屋にする?」
「はい!ありがとうございます!!」
「決まりね。ただし、この船で生活するからにはきちんと働いてもらうよ。アデルは剣を持っているっていうことは戦えるのかな?」
「あ、そうなんです。ここに来る途中でモンスターにも会ったんですけど、アデルすっごく強いんですよ」
「そう…戦い方とかは覚えてるってことかな。それでもわからないことがたくさんあるだろうし、しばらく見習いとして仕事を覚えてもらいましょうか。
カノンノ、その間もアデルについていってもらってもいい?」
「はい、もちろんです。これから一緒にがんばろうね、アデル!」
「ん。がんばる!カノンノといっしょがうれしい。アンジュ、ありがとう」

アデルに笑顔を向けられて、アンジュの心がズキンと痛む。

はたして、これでいいのだろうか?


教会に連絡するべきなのでは?
彼女を待ちわびていた人々は歓喜するだろう。なにせ、長い長い間待ち続けた救世主だ。きっと、救世主がいると分かれば世界中の人々に希望が生まれる。

戦争が終わり、格差が消え、誰も傷つかずにすむ、平和な世界を彼女がもたらしてくれるのだという希望が。

そして、何も知らないこの小さな彼女の肩に、全ての望みと期待と未来を押し付けるのだ。

「アンジュ、つらいの?」
「大丈夫ですか?アンジュさん、なんか顔色悪いですけど…」

カノンノとアデルが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「あら、ほんと?気のせいよ。なんともないから」
アンジュは慌ててそう取り繕う。

「じゃぁ、カノンノ。船内を案内してあげて。その間に、私は新しい仲間が来たことをみんなに伝えるから。たぶん夕食はごちそうだよ」
「ごちそう?」
「そう!おいしいものがいーっぱいでるから、たくさん食べようね」
「たべる!おなかすいた!!」
アデルがそう叫ぶと同時に、彼女のお腹がものすごい音をたてた。

おもわず、カノンノとアンジュは笑いだす。それを見て、訳も知らずにアデルも笑う。

「じゃあ、とりあえず食堂に行って何か食べよっか。そこでいろいろ説明するね。」
「やったぁ、うれしい!」
「ふふっ、いってらっしゃい。二人とも」
「行ってきます!」
「いってきます!」

仲良く手をつないで食堂へ向かう二人の後ろ姿を見つめる、アンジュの手は震えていた。

(とにかく、落ちつかなきゃ…彼女がそうだと、決まったわけじゃないんだから)

深呼吸をしながら頭を整理する。

「彼女」が救世主だという証拠はどこにもない。
本当にただの記憶喪失だという可能性の方が強いのだ。だったら、この船でいろんな場所を旅させて、いろんな経験をさせれば思いだすかもしれない。

(きっとそうよ。彼女はきっと、どこかに両親がいて、帰る場所がある、普通の女の子)

アンジュはそう自分に言い聞かせ、作業を再開した。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ