1章「そして彼女は目を覚ます」

□20話
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『ねぇ、まだ思い出さないの?』

金髪の少年が、じれったそうに私を見下ろしている。

私はいつものように真っ黒な床に倒れ、床の下からは私を怨む声がいくつもいくつも聞こえてくる。

頭が割れそうに痛いのも、

胃が捩じ切れそうに痛いのも、





どれも、これも、当たり前になってきてしまった夢の話。








『あ、そういえば君の仲間の村が解放されたんだってね』


夢の中では、いつもこの少年だけが話ている。

不思議なのは、何度夢を見ても少年が同じ話を繰り返すことはないということ。



どうやらこの少年は私の頭が作りだした夢の住人などではなく、私の中で本当に生きている命なのかもしれない。



『よかったねぇ。君が足引っ張ったせいで大切な荷物を届けられなかった村でしょ?これで少しは罪悪感も軽くなるんじゃない?

…でもさぁ』

少年は、とても楽しそうに笑いながらしゃがみ、私の顔に自分の顔を近づける。

『君があのサレって奴を怒らせた結果、どんなことがおきたか知らないでしょ?』

冷たい声。冷たい目。凍りつきそうなほど、冷たい手が私の頬をなでる。

『あ、ちがったか。君が知ろうとしなかったんだよね。君は自分の記憶にばっか必死になっちゃったから。

え?僕が思い出せっていったんだろうって?

そう言わないでよ。だから、僕がこうして教えてあげようとしてるんじゃないか』


少年が、私の頭上にある空間にぐるりと円を書く。


すると、何もなかったはずのそこに黒いドクメントの輪が現れた。


『便利だよね、君のこの力。はやくこの力を使いこなせるようになれば、君の記憶だってこんなふうに…すぐ、わかるはずなのに』


少年が指でドクメントをぱちん、とはじく。


すると、ドクメントの形が崩れて霧状になり、あたりを包んだと思ったら…




黒い床と白い天井以外何もなかった空間が、見知らぬ村の風景に変化した。



『ここがヘーゼル村だよ、アデル』



茶色く枯れた木に覆われた村の中に、私はいる。少し遠くを見ればコンフェイト大森林の青い森が見えるのに、まるでこの村の中だけ生気を奪われたように茶色かった。

畑にはしなびた芽すらも生えておらず、ぽつりぽつりと離し飼いにされた牛は骨と皮しかないようで、食事を探そうともせず置物のように立っていた。

小さな少女が、こっそりと周りをあたりながらつぎはぎだらけの服で飛び出してきた。手には小さなバケツを持っており、早足で井戸の方へと走っていく。

音をださないよう、ひっそりと井戸の底へとバケツを伸ばすが…井戸の底からはからん、という乾いた音しか聞こえず、当然ながら引き揚げたバケツの中に水は一滴も入っていなかった。


少女は、ため息をついてバケツを手に持ち、もとの道を帰っていく。


しかし、何かに気がついた少女は慌てて近くの家の影へと身をひそめた。


「約束の三日目だ。」


ぞわっ、と背筋に冷たいものが流されたような感覚が走った。


(サレっ…!)


忘れもしない、あの声だ。
鎧をかぶった3人の男たちと一緒に少女が隠れた家の玄関に立ち、ニヤニヤと笑いながら家の中にいる誰かと話しているようだった。

「申し訳、ありません…まだ、準備が」

「まだ?三日もまって、まだだっていうの?それじゃ約束が違うよ。小さい頃にならったでしょ?約束を守れない人になっちゃいけませんって」

「しかしっ!一万ベリーだなんて大金っ…!」

「これは君の旦那を食べさせるためのお金だよ?がんばって家族のために星晶採掘をしている旦那を飢え死にさせるっていうの?嫌な奥さんだね、僕はこんな妻ごめんだよ」

サレと、サレの後ろにいる鎧をかぶった男たちが嫌な声で笑う。家の中にいるらしい女の人の、すすり泣く声が聞こえる。

「星晶がない土地で、どう準備しろと…!?畑に芽は生えず、家畜を育てる草もなくっ…森の動物すら、姿を消したというのにっ」

「嫌だねぇ、泣く女は嫌いだけど、駄々をこねる女はもっと嫌いだよ。こないだ僕が教えてあげたこと、もう忘れたの?

あるじゃない、まだ。お金を手にする方法が」

サレが指を鳴らすと、その後ろにいた男の一人が家の裏へと周り、

「いやぁー!!はなしてっ!はなしてっ!ママァァ!!!」

そこで震えていた、あの小さな少女を捕まえた。

「む、娘を離してくださいっ!!」

「僕だって好きでやってるわけじゃないよ。だけど、君がお金を用意できないっていうから方法を教えてあげてるだけじゃないか」

家から飛び出してきた女の人が、真っ青な顔になる。サレは、心底楽しそうな顔で笑う。

「娘を売って金にすればいい。大丈夫、人売りの方法だって教えてあげる。買い手には小さい子の方がいいっていう変態がいっぱいいるからさ、けっこうなお金になると思うよ」

「そんなっ…!!」

「娘を売って旦那を助けるか、娘を守って旦那を見過ごすか、二つに一つだ。僕はもう三日も待った。今、どっちを選ぶか決めてもらうよ」

(このっ…!!)

目の前が真っ赤になっって、抑えきれないほど体が熱くなった私は剣を探す。どこにもない。それなら、殴ってでも倒す。あれは倒す。




倒さなきゃ、あの人達を助けなきゃ!!




『ダメだよ、アデル。』


存在を忘れかけていた金の髪の少年に肩が掴まれて、体が金縛りにあったように固まった。


『僕達はあくまで観客なんだ。ショーを邪魔しちゃいけないよ』

(そんなっ…そんなことできない!!)

『どうして?以前、君がしてきたことじゃないか』

どういう意味だ、と聞こうとすると、すぐ脇を大柄な何かが通り過ぎて行った。



「止めろ!!」


それは、大柄な男だった。良く見ると、体は全て黒い毛でおおわれており、顔はどうみても獣のそれと同じだった。

「金なら、私が払う。その子を離してもらおうか」


「……ユージーン、また君か」


獣の男が投げた革袋を手にしたサレは、悔しそうに舌打ちした。

「村人全員に対して、それをするつもり?君の軍人時代の蓄えだって、そろそろ底をつきそうなんだろう?」

「こちらの勝手だ。…その子を離せ」

サレは革袋の中身を確認してから、少女を捕まえている男に合図をだした。

「ひっ…!」

男は、肩に担いでいた少女を勢いよく宙に投げ、危うい所で獣の男が少女を助ける。

「…しかしまぁ、よくもこんな額をほいほい出せるもんだ。ひょっとして、まだヴェイグの助けをもらっているのかい?」

「私を疑う前に、警備の者を疑うことだな。もし、本当にヴェイグの助けがあるのなら、そのことを発見できなかった警備の落ち度だ」

「嫌だなぁ、どんな汚い手でも使う君達のことだもの。確かにこないだの一件以来警備は強めたけれど、油断できないことにはかわりない」

サレは、新しいおもちゃを見つけた子どものように獣の男を見上げた。


「まずは、その反骨心を折るところから始めないとね。もう二度と、外から助けをもらおうなんて気が起きないように」


サレが手を上げると、後ろの男達が素早く家の中で震えていた母親と少女の首に剣を向けた。

「何をっ…!?」

「なに、君の力は馬鹿強いからね。ちょっとした保険だよ、保険。君が少しでも逆らったら、その親子を殺す。いいね?」


震えている親子を見て、獣の男が悔しそうに顔をゆがめる。それを見て、サレがさらに笑った。

「君、アレ持ってきてる?」

「はい、ここに」

サレの後ろにいる男の一人が取りだしたのは、釘のように尖った太い針がたくさんついた鞭だった。

「手のつけられない野獣を手なずけるには、やっぱり鞭だよね。」

(だめっ!やめて!!)

サレが何をしようとしているのかは明らかで、あの獣の姿をした人を助けたいと思っても体は動かない。

(助けなきゃっ…助けなきゃ、助けなきゃ!)

ユージーンという名前はクレアやアニーから聞いたことがある。クレア達3人ががあの村から逃げる時、体を張って助けてくれた仲間の一人だ。

クレア達の大切な人、その人を、

「さぁ、ユージーン。手始めに、僕に向かってひざまずく所からはじめようか」


(助けさせて…!お願いだからっ!!)


こんなに近くにいるのに、助けられない。手が届かない。何もできない。



誰かを、助けられない自分だなんて





『生きてる価値なんてない。そうでしょ?』







暗転。

世界が、またいつもの闇の世界に戻る。


だけど、下に沈んでいる骸の山に色がついた。




『ネェ、ドウシテ、ソンナニヒドイコトヲ?』

『シンジテタノニ…』

『オマエノセイデ』

『オマエノセイダ』

『オマエガ、ウラギッタカラ』

『オマエナンテ』



私の下で死んでいて、私に向かって憎しみの声をあげている人達を私は知らない。


(知らない、はずなのに…!)


この人たちが“死んでいる”ということが、身を引き裂かれそうなほどに痛かった。


名前も知らない、顔も見たことがない人達のはずなのに。




大切なアドリビトムの人達と同じくらい大切な人達だということが、大好きなのだという思いが、体中を巡って脳髄を貫いて私の心に訴えかける。




こんなに大切にしていた人達が死んでいる。

あんなに大好きだった人達が死んでいる。



この人たちを、守れなかった自分なんて






『ヒツヨウナイ』









体が急に煙を上げて溶けだした。


痛みなんてものじゃない、意識が飛びそうになるほどの強烈な衝撃が私を襲う。





だけど、そんな体の痛みより、





皆に『必要ない』といわれたそのことの方が痛くて苦しくて泣きたくて悲しくて、






私は、私の喉から悲鳴が上がるのを抑えられなかった。
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