1章「そして彼女は目を覚ます」
□17話
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「リタ・モルディオ博士」
逆光になって顔はよく見えないが、声を聞けばわかる。
まぁ、微妙な知り合いだし?騎士団があたしに寄こすとしたらこいつだろうと予想はしていた。
「ウリズン帝国との決戦が近いことは知っているだろう。…君に、兵器開発の要請命令が下った。」
石頭は石頭らしい断固とした口調で、あたしに死刑宣告と同様の言葉を放った。
「…断る、といったら?」
一応そう聞いてみると、
「それなりの対応を覚悟してもらうことになるだろうね。……そうならないことを、願うよ」
やはり予想通りの答えが帰ってきた。この男は頭が固いくせにツメが甘い。
そこで「願う」なんて言ったらだめでしょ、あんたは騎士団側の人間なのよ?とは言ってやらない。
「考えさせて。そのくらいは、許されるでしょ」
相手に付け込むスキをみせたのがいけない。
だから、あたしはこいつが絶対に断らないだろうという返事を返す。
「………1週間は待とう。だが、1週間を過ぎても君からの返事が無かった場合は首都へ強制連行させてもらう」
「はいはい。じゃ、もう要件はすんだわね?さっさと帰って。あたしは忙しいの」
そう言ってしっしと手を払う動作をすると、「…変わらないな、君は」と小さくつぶやいてそいつは去って行った。
「あんたも変わらないわね」
ドアが閉まり、そいつを乗せた馬が去っていったのを確認してからあたしはつぶやく。
硬い硬い頭に、たっぷりの正義と優しさが詰め込まれている男。
その優しさが無駄なのだ。この国での正義は綺麗な道を歩めば手に入れることができるものではない。
優しい人間は見ていてイライラする。
正義を求めることはその人の勝手だから別にいいが、綺麗事しか認めない人間はムカつく。
だから、あたしは
「記憶、取り戻したいの。助けてくれる?」
エステルを助け、あたし達を窮地から救うきっかけになったこの少女のような人間が一番嫌いだ。
*
事の始まりは、朝食から帰ってきたリタが研究室の前に立ち尽くしている背中を見つけたことである。
「なにやってんのよ、あんた...」
リタが声をかけると、その背中...アデルの肩が一瞬びくり、と震えた。
「あ...リタ」
振り向いたアデルの目は紅く腫れている。心なしか、顔色も悪い。
「うっわ、ひっどい顔ねー」
「ええっ!?そんなにひどい?」
「自分で鏡見てみなさいよ。医務室でも行ってきたら?」
一応、彼女はつい最近大怪我を負った人間だし、その怪我の原因は自分たちにある。そのため、やや親切心をこめてそう言うと、アデルは少し黙った後、神妙な顔をして首を横にふった。
「...大丈夫。ちゃんと、立ち向かわないと、いけないから」
「......は?」
まったく話の噛み合わない返事に、リタは顔をしかめるが
アデルは笑う。
「心配してくれてありがとう、リタ」
「いや、別に心配とか...そんなんじゃないし」
「やっぱり、リタは優しいね」
「だから、聞きなさいよ人の話を!」
睨んでも怒鳴ってもにこにこ笑っているアデルを相手にしていると、調子を狂わされる。
『お前ってほんっと、エステルといいこいつといい、こーゆータイプに弱いよな』
おもわずこないだのユーリの言葉を思い出してしまって、思わず首を振る。
弱くない。
断じて弱いわけじゃない。
(あたしは...そう、こういう子が嫌いなだけよ!エステルと似てる、ですって?似てないわよ!どっちかといえば…)
「リタ?」
はっとして我に帰ると、アデルの綺麗すぎる顔がすぐ近くにあった。
「ぎにゃぁっ!」
思わず、叫ぶと同時に手が前にでた。
「ひゃっ!な、なんでぶつのー!?」
「ち、近いのよ!近かったのよ距離が!!」
「近いとだめなの?」
「ダメって言うか…」
自慢じゃないが、エステルと出会う前までリタはずっと一人で生活していた。こんなに人が多いところでの生活も、あまり親しくない人間に近付くことですら慣れていない。
だが、そんな弱点など言えるはずない。こちらにだってプライドというものがある。
「あーもう!あんたと話してると疲れる!!とにかく、あたしそこの研究室に用があるんだからそこどきなさい!ドアの前に突っ立ってられると邪魔なのよ!」
「あ、わたしも研究室に行くところだったの。良かった、一人だとちょっと勇気でなくて困ってたんだ」
「はぁ?勇気でないって、どういう…ちょ、ちょっと手を引っ張らないでよ!」
話をまったく聞かないアデルに手を引かれ、勢いよく研究室の中に入る。
すると、アデルは「勇気がでない」と言っていたくせに、はきはきとした大声でこう言った。
「ハロルド、お願い!わたしの頭かち割って!」