1章「そして彼女は目を覚ます」

□13話
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「エミル、もう行っちゃうの?」

後ろからアデルのさみしろうな声が聞こえて、心がズキリと痛む。

それでも、エミルは振り返ることができなかった。

(わかってはいるんだ…!)

親を殺したのは国の軍人であって、ガルバンゾ国の人間ではなかったこと。
確かに自分達の生活はガルバンゾ国の人間のせいでとても苦しかったが、ガルバンゾ国出身者だからといってあの男を恨むのは筋違いだということ。
ガルバンゾ国のお姫様がこのギルドに来たのは、僕達のように星晶採掘の影響で苦しんでいる人達のためだということ。
あのお姫様が、エミルにとっては憎くて憎くてたまらないガルバンゾ国を変えようと頑張ってくれていること。

だが、理解したからといって納得できているわけじゃない。

そう簡単に、この憎しみの気持ちは変わらない。

もはや自分ではどうしようもできないこの感情を、エミルは爆発させないよう押さえつけることで精一杯だった。


『俺はできたら、戦ったり戦ったり戦ったりしてぇんだけどな…』

『ユーリも戦うの好き?わたしも大好き!でも、ブローチ作りも楽しいよね』

『そうか?つーか、ギルドに依頼する金があるなら店に買いに行ったほうが早いような気がするんだがな…』

あの男の声を聞くこともつらかった。

あの男の近くに座っていることもつらかった。

大切な友達のアデルが、親しげに男と話している姿を見るのもつらかった。

そして、

『…依頼主の人が住んでる国では、真珠貝が取れないから店で売られてないんだよ。星晶に恵まれた国じゃないから、輸入だって簡単にできないし。

星晶大量消費国の人にはわからないかもしれないけどね』

そう言って、あの男を睨んだ時に

怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、何の感情も浮かばない目で見られたことがたまらなくつらかった。

この男の目には、エミルに対する興味がない。

おそらく、エミルがあの場で抜刀しても興味を示さなかっただろう。

あの男にとっては、駄々をこねている子どもを見ているような気分なのだ。
そんな子どもの相手をするだけ時間の無駄だとでもいいたいのだろうか。

そう考えた途端、再び怒りが湧き上がってきた。

(お前に、僕の気持ちの何がわかるっ…!)




エミルの両親は、エミルが8歳の時に殺された。

世間には「暴動を起こした民衆を政府側が弾圧したことによって起きた内乱」としてとらえられている「血の粛清」のために死んだのだ。

だが、実際は暴動なんて起きていなかった。

エミルは町はずれの森の中で両親とともに暮らしていたのだが、この日はヴァンガードの集会に参加する両親に連れられ、町を訪れていた。

ヴァンガードは、「ガルバンゾ国からの一方的な同盟条約を破棄するべきだ」と国に訴え続けている民衆の武装グループだ。
ヴァンガードは町の中央広場で集会を開いており、人々にガルバンゾ国との理不尽な同盟の内容について演説していた。幼いエミルには演説の内容は難しくてよくわからなかったが、とにかく僕らの生活が苦しいのは全てガルバンゾ国のせいらしい、ということはわかった。

そして、その時は急に訪れた。

国の軍人たちが急に広場へ押し寄せてきて「ガルバンゾ国との同盟のため、反逆者を処分する」と叫び、集まった人たちに向かって銃を放ったのだ。当然ヴァンガード達はこれに応戦し、結果広間で激しい銃撃戦が始まった。

エミルは慌てた両親に手を引かれて逃げ出した。追手が来た。必死に走って、隠れて、逃げて、そしてあと少しで町の外へ出れるというところで、


エミルの両親は、エミルの目の前で射殺された。


それ以降の記憶はひどくあいまいなものになっている。
気がついたら、手に見たこともないほど大きな剣を握っていた。剣にも、手にも、体にもなぜかたくさんの血が着いている。
自分の前には、絶命して倒れている国の軍人達が何人もいた。

そして、自分の後ろには、同い年くらいの少女が少し怯えた表情で立っていた。



これが、マルタとエミルの初めての出会いだった。


今でも、あの日のことは度々夢にでる。

父と母の命を奪った銃声、両親の最後の表情、世界の全てを奪われたかのような、あの瞬間。

うなされて飛び起きて、夢が現実のことであったと気づいた時の絶望。

なぜ両親は、殺されなければいけなかったのか。

なぜあの日、町へ行ってしまったのか。

なぜ両親は、ヴァンガードのメンバーだったのか。

なぜヴァンガードなんて組織が存在したのか。



…全ては、ガルバンゾ国のせいじゃないのか?


(そんな国の奴らと、どうして仲間にならなきゃいけないんだ…っ!)

誰もいない自室にたどり着く。
エミルはとうとうこらえきれなくなり、雄たけびをあげて壁を思いきり殴った。
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