1章「そして彼女は目を覚ます」

□11話
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血まみれのアデルの姿を見た瞬間、シングの頭は怒りで真っ赤になった。

彼女をこんな姿にしたサレをめちゃくちゃにしてやりたくなった。
彼女の倍の苦しみを与えてやりたくなった。


…だというのに、サレが消えて、初めに感じた感情は「安堵」だった。

(くそっ!オレは…オレは、まだあいつが怖いのか!?あの頃より強くなったって思ってたのは、勘違いだったっていうのかよ!)

ウリズン帝国に、サレに村を占領されていた頃のことは、今でも鮮明に覚えている。何度も挫けそうになったあの苦しみの日々は、今でも夢にでてきてはシングを苦しめる。

強くなれば、悩むことなんてなくなると思っていた。

だから、無我夢中で修行をした。

誰かの役に立つことができれば、村を救えなかったことへの罪滅ぼしになると思った。

だから、アドリビトムに入った。

なのに、

(俺は…あの頃から、何一つ変わっていないっ!)

『シングは、強いよ』

ふと、故郷の話をした時に言われた、アデルの言葉が耳に蘇ってきた。

『“大切な人の笑顔を守る”ことが、シングの信じてる強さなんでしょ?

コハクは、シングと一緒にいるといつも笑ってるよ。シングといると元気がでるって、コハク言ってたよ。』

アデル、それだけじゃだめなんだ

『だから、シングはすっごく強いんだよ。コハクの笑顔、ちゃんと守ってるもの。』

だけど、君を守れなかった

『戦いは、仲間と一緒ならいくらでも強くなれるよ。でも、人を笑顔にする強さって戦う強さとは違うんだなってわたしはシングから教えてもらったんだよ』



「アデル!」

シングは、すがるようにその名を呼んだ。
自分の弱さを、悔しさを、唯一見つけて認めてくれた少女の名を呼んだ。

もう一度、彼女の声が聞きたい。

その一心で、シングは誰よりも早く彼女の元へ駆け寄っていった。




ミントの回復術で、アデルの傷はとりあえず癒された。
意識を取り戻したアデルの、泣きじゃくる声が聞こえる。

とりあえず、彼女の無事が確認できたおかげでシングの心はようやく落ち着きを取り戻した。

だが、冷静になったせいで気が付いてしまったこともある。

(ちょっと、今のアデルの恰好…危ない、気が…)

治癒術で傷を塞ぐことはできるが、服までは元に戻せない。

アデルの服は今、ボロボロだ。
つまり、肌の露出が激しくなっている。
そして、女性の見えてはいけない部分があと少しで見えそうになっている。
ギリギリだ。
あと少し風が吹いてくれれば見えてしまうのだ。

(目をそらさないと!それと、なにか上にかけてあげれるものっ…!)

シングの服は今着ているもの一枚しかない。
他の仲間だって似たようなものだ。羽織れるものは誰も着ていない。

あたりを見渡すと、サレによって木端微塵にされた衣服が地面に散らばっいる。どれも、ヘーゼル村へ届けるために、アデルが背中にしょっていた荷物の中身だった。

おそらく、サレは手加減していたのだ。
あいつは弱い者をいたぶるのが趣味だから、すぐに殺すようなマネはしない。
だが、一歩間違えればアデルがこの衣服のようにされていてたかもしれない。
そう考えると、ぞくっと寒気がした。

アデルがこうならなくて、本当に良かった。

アデルが、生きてて良かった。

地面に散らばる衣服のなかで使えそうなものを探すが、元々古着で強度が弱い服ばかりだったため、掛け物としても衣服としても使えそうにないものばかりだ。かろうじて形を保っているものも、子ども用でアデルの体には入りそうにない。

(アデル細いからなぁ、多少小さくても入りそうだけど…)

アデルの体、どのくらいの服なら入るかなと思い出そうとするが、どうしても先ほど見たアデルの素肌が思い浮かんでしまって脳内が再びピンク色になる。

(アデル、服の下もやっぱ細かったんだなー…意外と胸あるって知らなかったって違う!違うんだコハク!ていうか俺何考えてんのこんな時に!)

シングが心の葛藤と戦って悶絶していると、上の方から呆れた声が聞こえてきた。

「なにやってんだ?お前…」

見上げると、ガルバンゾ国から来たといっていた剣士、ユーリがそばに立っていた。

「あ、いや…アデルの服、ボロボロだったからさ。なんか代わりの服ないかなって探してたんだけど、やっぱりないね」

「なるほどな。確かにあの恰好はマズイ、か…よし、ちょっと待ってろ」

ユーリは「すぐ戻る」と言って姿を消すと、10分もかからずに荷物を3つ抱えて戻ってきた。ウリズン帝国軍に襲撃された時に落とした、3人の旅道具を入れているものらしい。
荷物の中から「これでいいだろ」と毛布を取り出し、泣き疲れて眠ってしまったアデルの上にそっとかけてあげていた。

「俺達が野宿する時に使ってた毛布だが、ないよりゃマシだろ。リタ、それでその嬢ちゃんくるんでやれ。いくらなんでも、その格好は色々とマズいからな」
「あぁ、たしかにそう考えればそうね。意外と気がきくじゃない、ユーリ」
「俺じゃねぇよ、こいつが気になってしかたねーみたいだったから」
「えええ!?いや、そのっ…変な意味で、気になってたわけじゃないからね!」
「そんな慌てなくてもいいわよ。えっと、名前なんだっけ?…ケダモノ君」
「だから違うってば!!俺はシング!シング・メテオライト!」

ずっと緊迫した雰囲気だった森の中に、ようやく笑い声が聞こえ始めた。
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