1章「そして彼女は目を覚ます」

□10話
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時は、少し前に遡る。

「お願い、アンジュ!」
「そうは言っても、ねぇ…今回は運ぶ荷物が多いから、あなたの力では無理があるわ。せめて、あと10キロくらい体重を増やしてから出直してきなさい」
「食べても食べても太らなんだもぐえっ!」
「アデル。前にも言ったわよね?そういうことを他の女性の前で言っちゃだ・め・よ?」
「ご、ごべんなさい…」
「よろしい。」
「げほっげほ…でも、行きたいの!行かせて!」
「アデル。さっきの私の話、ちゃんと聞いてた?」

ギルドに寄せられた依頼を管理するアンジュの机の前で、アデルが駄々をこねている。
それを見たヴェイグは、仕方ない奴だとため息をついた。巻き込まれると面倒なので早々にその場を去ろうとしたのだが、

「私もクレアの村を助けるお手伝いがしたいのっ!」

その言葉を聞いて、足が止まった。

『不思議な子ね、アデルは…こんなにすっきりした気持ちになったのは、久しぶり』

先日、クレアがそう言って笑った笑顔が思い浮かぶ。

『我慢しないでって、まるで自分のことみたいに泣いちゃったの。泣いてはいけないんだって言い聞かせてた私の心を見透かされたようで驚いたわ。…でも、泣いて一度全て吐き出さないと、心の整理ってできないものなのね。あの子のおかげで、知らなかった自分の感情にようやく気がついたわ』

あんなに晴れ晴れとした彼女の笑顔を見たのは、久しぶりだった。ウリズン帝国がヘーゼル村を支配してからは、一度も見れなかった笑顔だ。

『あなたも、一度ゆっくりアデルと話してみるといいかもしれないわよ…ヴェイグ』

余計なお世話だ、とその時のヴェイグはクレアに言ったが、心の中はめちゃくちゃだった。
クレアの心からの笑顔が見れたことの喜びと、少女への感謝。彼女の心を救ったのが自分ではなく出会ってたった半年しか経っていない少女だったことへの嫉妬。少女に嫉妬する自分への嫌悪感。感情を押し殺すことに慣れたヴェイグにとって、ここまで心が荒れることは珍しいことだった。

(…あのクレアが泣く姿なんて、俺だって見たことがないのに)

半年前に突然現れたアデルは、良くも悪くも素直な少女だった。

あらゆる点で自分とは正反対な存在であるその少女のことを、ヴェイグは初め意識的に避けていた。

だというのに、少女の方はそんなことまったくお構いなしに話しかけてくる。もっぱら大剣を教えろ、という内容だったが大剣使いなら他にもいるはずだ。
人に教えることは得意ではない、と断ると「一緒に戦ってくれればそれでいいよ」と今度はしょっちゅう依頼に誘ってくるようになった。
仕方なく付き合ってやると、さらに懐いてくるようになって困った。
そのことをクレアに愚痴ると、「そう言ってるわりに、楽しそうじゃない」と笑われる始末だ。
確かに真っすぐに慕われて悪い気はしないが、子どものお守りは苦手なのだ。できるだけ関わりたくないという思いに変わりはない。

しかし、

(…あいつは、クレアの心を救ってくれた)

そのことの礼はしてやりたい。とりあえず、あの依頼に行きたいのならその願いだけでも叶えてやろう。彼女が行きたがっている依頼の担当は、自分に一任されているのだから。

ヴェイグは心を決めて、アンジュの元へと歩いて行った。
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