1章「そして彼女は目を覚ます」

□6話
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「そうそう、その調子よ。あとは、これを焼いておしまい」
「やったぁ!たのしみっ」

アデルの嬉しそうな笑顔を見て、クレアもつられて笑う。

食事が待ち切れずに、たびたび食堂に来るアデルに対して、クレアは少しずつ料理を教えるようになった。

全てに興味を持ち、小さなことにも感動する彼女に教えることはとても楽しい。
どれだけ失敗しても、彼女はあきらめずに挑戦を続けている。

その姿に、クレアはいつも励まされていた。

「きみってほんとすごい体力だよね…クレスの素振りに付き合った後に料理なんて、あたしにはぜったい無理。」

今日の食事当番であるマルタはそんな彼女を見て呆れながらジャガイモの皮をむいている。

「多くのことに挑戦することは大切だが、一つ一つの事がおろそかになってしまわないよう気をつけろ。そうなってしまっては意味がない。」

同じく料理当番のクラトスは夕食のシチュー鍋を混ぜながらアデルに言う。

「うん。あのね、わたしクラトスみたいに、剣も、魔法も、回復もできる人になるのが目標なの。だから、こんど魔法剣士になるんだ」
「俺を目標にするな」
「どうして?クラトスみたいに強くなりたい」
「俺はお前が思っているほど強くはない。人の真似をせず、お前の道はお前が選べ」
「うーん、わかった。じゃあクラトスに勝つことを目標にするね!」
「…そうだな。その方がいい」
「ねぇ、今なにやってるの?」
「シチューを温めている。…なぜ背中によじ登る」
「お鍋の中が、よく見えないから。うわぁ、おいしそう!食べていい?」
「だめに決まっているだろう。まだルーも入れてないんだ」
「ねぇ、こんどまた剣の相手してくれる?」
「背中に張り付いたまま話をするな。降りろ」
「ええ〜…もっとこうしてちゃ、だめ?」

エプロンをつけてシチュー鍋を混ぜるクラトス、その背中にへばりついて鍋を覗いているアデル。いつものクラトスからは想像できない姿に、思わずクレアは笑ってしまった。

「…なんだ」
「いえ、お二人が親子のように見えたものですから。微笑ましくってつい」

クラトスには睨まれたが、それが照れ隠しだということはバレバレだ。口では降りろといいながらも、力ずくで降ろそうとしないあたり本人もまんざらではないのかもしれない。

「…なんか、すっごく意外。クラトスってもっとお固い人かと思ってた。」

皮むきを終えたマルタが小さな声で、クレアにこっそりと耳打ちしてきた。

「そうね。でも、アデルのそばにいると誰でもああなってしまうのかもしれないわ」

「どういうこと?」

「隠していたはずの本当の自分が、ついつい表にでてきちゃうのよ。マルタにも、そういう経験があるんじゃない?」

クレアの言葉に、マルタはじっとアデルを睨んでからため息をついた。

「本当の自分かどうかはわかんないけど…なんか、あの子見てると、時々イライラしちゃう」

「あら、そうなの?」

「たぶん、嫉妬してるの。あの子が、エミルと仲がいいっていうのもあるけど…あの子は人を嫉妬したり、ねたんだりとかしないじゃない?だから、あの子を前にすると自分って嫌な人間なんだなって思い知らされるんだ」

暗い表情で言うマルタの視線の先には、クラトスの背中からは降りたものの、今度は鍋の中にチョコレートを入れようとして叱られているアデルがいる。

アデルは人を疑うことも、妬むことも、羨むこともしない。いつだって素直で、自信に満ち溢れ、努力を怠らない。

そんな彼女のようになりたいと憧れる者がいるのなら、逆に苦手意識を持ってしまう者もいるのだろう。

「あ、勘違いしないでよねっ!別にあの子が嫌いなわけじゃないから。普通に一緒に依頼にだっていくし、あの子ぼーっとしてるからお節介焼きたくなる人の気持ちだってわからなくもないし!」

マルタがそう言い終わるやいなや、アデルがこちらに寄ってくる。

「ねぇ、シチューにチョコレートいれたら、絶対おいしいよねっ!」
「うーん、それはちょっと止めといたほうが…」
「おいしそうかも……」
「えっ?」
「でしょ!ほら、クラトス!マルタもそう思うって!」
「…マルタ、別にアデルに気を使う必要はないぞ」
「何事にも、チャレンジすることが大切だってわたしに教えてくれたのはクラトスだよ」
「そうよ、クラトス。試してみないとわかんないじゃないっ」
「試していいことと悪いことがある。今回の場合はあきらかに後者だ。ギルド全員分の夕食をそんな怪しい実験に付き合わせるわけにはいかない」
「わかった。じゃあ、隣でちいさいお鍋でためしてみる。ねっ、マルタ!」
「ええっ!?ちょっと、あたしもやるわけ?」
「やろうよ!二人で、チョコレートは強いんだって証明しよう!」

(ふふっ…確かに、仲が悪いわけじゃないみたいね)

ぎゃあぎゃあ文句を言いながらも、マルタは結局アデルに付き合ってあげることにしたらしい。

「マルタァ〜、目から水がでてきたぁ」
「あんた、涙も知らないわけ!?」
「涙は、知ってるけど、かなしくないもんっ!涙と違う〜」
「あのねぇ、涙っていうのは別に悲しい時だけに出てくるわけじゃないの!今涙がでるのは、玉ねぎ切ってるせいでしょ」
「なんで玉ねぎ切ると涙でるの?」
「え?え〜っと、痛いからでしょ?」
「どうして痛くなるの?」
「あーもぅっ!うるさいわねぇ、後でウィルにでも聞きなさい!ほら、こっちの流しで目を洗いなさいよ。後は私が切っといてあげるから」

なんだかんだいって、マルタは面倒見のいい優しい子である。だからこそ、真っすぐに好意を示してくるアデルを苦手に思いつつも嫌いになれないのだろう。

(きっと、きっかけさえあれば二人はこれからもっと仲良くなれる。)

「ねぇ、チョコを入れるとせっかくのホワイトシチューがホワイトじゃなくなっちゃうから、別の物でためしてみない?バターを入れるとおいしいって聞いたことがあるわ」

とはいえ、チョコレートをシチューに入れるのはさすがにまずい。クレアは、大切な食材を守るために二人のもとへと歩いて行った。
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