1章「そして彼女は目を覚ます」

□5話
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「はい、終わりましたよ」

アニーはそう言って、包帯を巻き終わったアデルの手を優しくなでた。

「ありがとう、アニー」

にっこりと笑って礼を言うアデルを見て、アニーの心がきゅっと痛む。

「…まったく、無茶しちゃだめってこないだも言ったでしょう?」

そう何度言っても、アデルは「無茶してないよ?」と頭の上に?マークを浮かべて首をかしげるだけ。思わず、ため息がこぼれた。


彼女が、ギルド・アドリビトムにやってきて半年が経過した。もう“見習い”の称号は外れ、立派なギルドメンバーとして依頼をこなし始めている。


ギルドに来た当初、傷一つなかった彼女の綺麗な肌はすぐに傷だらけになった。

魔物の群れに一人で突っ込んで。

魔法詠唱がうまくいかなくて小さな暴発がおきて。

コンフェイト大森林の枝から落ちて。

ウルフがかわいいからと友達になろうとしてかみつかれて。

火が綺麗だからと触ろうとして。

自分はまだまだ弱いからと、クレスに弟子入りして。

「これだけ手が傷つくまで素振りをするなんて…いったい、何回やったんですか?」
「んっとね、今日はこないだより増えたんだよ!500回もできたの!」
「そ、そんなに!?」
「でも、1000回できて1セットだからね。これを10セットもできるなんて、クレスすごいよね!」
「…アデル。私は、毎回あなたが医務室にくるたびに言っている言葉がありますよね。なんだったかしら?」
「むりしちゃだめ…です」
「剣が持てなくなるほど素振りをすることを、無茶というんです!!しばらく依頼を休んで…」
「だ、大丈夫だよ!明日からは魔法使いに転職するからっ」
「大丈夫じゃありません!あなたは杖を持ったまま前衛に行くに決まってます!剣士の時より装備は薄くなるんですから、余計に危険です!」
「で、でも…」
「アデル、アニーの言うとおりだよ。あんたは少し休みな」

最近ギルドに加入してきたナナリーも加勢してきてくれた。ナナリーは弓師だが、医務室の多忙さを見かねて時々手伝いに来てくれるのだ。

まぁ、多忙とはいっても仕事の大半が彼女の傷の手当てなわけだが。

彼女は、異常に覚えが早い。
何も知らないからこそ、吸収するのも早いんだろうと誰かが言っていた。
生活の知恵すらなかった彼女は、たった半年で文字を覚え料理を覚え、戦闘では剣だけでなく魔法、治癒術、格闘技にまで手をつけ始めている。

だが、初めて会った時の彼女の体はあきらかに戦闘訓練を受けた体ではなかった。細すぎる体に、筋肉なんて全くついていなかった。あれから半年。食事をどれだけ食べても、彼女の体型は変わらない。

その飽きることのない探究心に、異常すぎる活動量に、体が付いていけるはずがない。

(そのことに、ちゃんと気付かせないといけないんだけど…いったい、どうすれば)

姿はアニーと同い年に見えるが、彼女は誰よりも精神的に“年下”だ。

赤子のように何も知らない彼女がこれからどんな人間に成長するのか。全ては周りにいる人間にかかっている。

(マオの時は、どうだったのかしら…)

アニーの故郷の村にも、記憶喪失の少年がいる。

だが、アニーがマオと会った時は、すでに彼は記憶喪失から1年が経過していた。彼がどのようにして学んでいったのか、初めはどんな子だったのかをアニーは知らない。

(ユージーンに相談したいな。でも、村はサレに監視されているし…)

記憶喪失のマオを拾って育て上げたユージーンの顔が思い浮かぶが、今の村の状態では彼が今どうしているのかすらも把握できない。

「まったく、何を焦る必要があるんだい?あんたは剣を持つようになって、まだ半年しかたってないんだろ?他の連中は何年もかけて今の力を身に着けたんだ。すぐに追いつこうとする必要なんてない。あんたは、今のあんたの力でできることをすればいいじゃないか」

ナナリーの言葉に、アニーも頷く。

(そうだ。頼ってばかりじゃだめだ。ナナリーさんみたいに、私もこの子にちゃんと教えていかないと)

危険なことは教えなければならない。
限度を知らないなら身につけさせなければならない。

そう決意を固めて、アニーは深く息を吸う。

だが、

「うん。依頼は、そうしてる。アンジュが許してくれないし。だから頑張って修行するの。もっと強くなれば、わたしにできることも、増えるだろうから」

“強くなる”ための、強すぎる意思

「そしたら、もっと色んな人の役に立てるでしょ?」

その原動力になっているのは、純粋すぎる願い。

「依頼の人も笑ってくれるし、アンジュも笑ってくれるし、みんな喜んでくれる。わたし、それがうれしいの。だから、頑張ることはやめれない。ごめんね、アニー。ナナリー」

そこまで言われて、誰が彼女を止めることができるだろうか。


アニーの吸った息は声になることはなく、小さなため息となって外へ吐き出された。
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