1章「そして彼女は目を覚ます」

□4話
1ページ/5ページ



セネルが妹のシャーリィを連れてアンジュの元へ今日の依頼の達成報告をしに行くと、彼女はいつもの笑顔でギルドに新入りが入ってきたことを告げた。

「新しい仲間?」

「そう。カノンノが連れてきたの」

ギルド・アドリビトムはリーダー・アンジュによって発足してからまだ日が浅い。そのため、寄せられる依頼が多いわけではなく、メンバーも少ない。新しい仲間が増えるということはギルドの発展につながる喜ばしいことである。

「嬉しいですね。どこから来た方ですか?」
シャーリィがアンジュに尋ねると、アンジュが少し困った顔になり、二人に「新入り」のことを軽く説明した。

「「記憶喪失!?」」
「ええ。自分の名前以外なにもわからないんですって…だから、帰る場所が分かるまでここで働くことになったの」
「名前以外なにも、か。大変だな」
「どうして…そんなことに」
「さぁ…でも、こんなご時世だからね。きっと、なにかすごいショックな事があったんでしょう。本人はそんなことまったく感じさせないくらい明るい子なんだけどね。」
「やっぱり…戦争に巻き込まれて、とか…」

シャーリィが暗い顔でうつむく。

セネルとシャーリィの国は、星晶を巡る戦争に敗北した。故郷は焼野原となり、親しい者のほとんどが命を落とした。生き残った者も新天地を目指して散り散りになり、ほとんど者と連絡がつかなくなった。

そうした惨状の場に居ることが、どれだけの苦しみを伴うのか

二人は、嫌というほどよく知っていた。

「…真相は、何もわからないわ。ひとつだけはっきりしているのは、“彼女”がこれから私達の仲間になるっていうこと。とはいっても、分からないことだらけだろうからしばらくは見習いってことで色々勉強してもらうんだけど。二人も、彼女が困っていたら助けてあげてね?」

「はい!」
「…わかった」

セネルはシャーリィの頭に軽く手をおき、「部屋に戻るぞ」と声をかけた。すると、妹の口から意外な言葉が飛び出した。

「あの、アンジュさん…その方は今どちらにいますか?」

妹のその言葉に、アンジュも少し驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑って答えた。




食堂へと歩きながら、セネルは隣に並んで歩くシャーリィを見つめた。

(…恥ずかしがり屋なこいつが、自分から会いに行こうとするとはな…)

シャーリィは人見知りが強く、積極的に人と関わろうとするタイプではない。そんな妹が、自ら進んで他人と関わろうとすることに少し驚きながらも、その理由をセネルは何となくわかっていた。

彼女は戦争の悲惨さを誰よりもよく知っている。

このギルドでは、誰もが星晶を巡る争いの影響で苦しい生活をしてきた経験を持っているが、戦争を経験している者は自分達と、共にギルドへ来た同郷のウィルという生物学者だけだ。

だからこそ、同じ境遇を経験した可能性がある“新入り”を、他人とは思えないのだろう。

(これを機に、シャーリィが少しでも立ち直れるといいがな…)

夜中、いまだに戦火の中にいた頃の夢をみるシャーリィ。嫌でも戦時中を思い出してしまうあの焼けた故郷から引き離すためにギルドへ連れてきたが、妹の笑顔は曇ったままだ。

妹の傷を癒すためには、妹の心からの笑顔が見るためには、自分以外の誰かが必要だ。
妹と友達になってくれる、誰かが。

もしかしたら、その“新入り”には期待できるかもしれない。

「…どんな奴だろうな、そいつ」

ぽつりとつぶやくと、シャーリィがこちらを見上げてほほ笑んだ。

「女の子だってアンジュさん言ってたね」
「ああ。…記憶、早くもどると良いな」
「うん。…仲良く、なれるかな」

セネルは、少し笑って妹の頭を優しくたたいた。

「なれるさ。…絶対だ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ