1章「そして彼女は目を覚ます」

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ガルバンゾ国の姫であるエステリーゼ・シデス・ヒュラッセインがその予言の話を知ったのは、一歩も出してもらえない城の外への興味も起きないほど幼いころの話であった。

「せかいは、いっぽんの、おおきなきからうまれました。

だいちも、うみも、ひとも、せいれいも、すべていっぽんのきからうまれたのです。

そうしてつくられたのが、わたしたちのせかい、るみなしあ、です」

「そうです、よく読めましたね。」

幼いエステリーゼの世話役である乳婆がそう言って頭をなでてくれるのがうれしくて、彼女は毎晩いろんな絵本を開いては読み上げていた。

「ばあや、このきはどこにあるのです?」
「いつだって、世界樹は世界の真ん中に生えていますよ。この部屋からは、ほかの塔が邪魔で見えませんがね。城の中で一番高い塔にでも登れば見えるでしょうよ」
「まぁ、ほんとうですか?」
「勝手に見にいってはいけませんよ。行く時はかならず…」
「ばあやにそうだん、です」
「はいよくできました。」
「いますぐいきたいです。いっていいです?」
「今はまだだめですよ。エステリーゼ様はお小さいから、世界樹が見える塔にたどり着く前につかれきってしまいます。もう少し大きくなってからにしましょうね」
「ええ…そんなぁ」

目に涙をためてうつむくエステリーゼの様子に老婆はあわてて彼女を抱き上げた。

「ほら、姫様。絵本の続きをばあやが読んでさしあげましょう。」

そう言ってあやすと、エステリーゼはすぐに笑顔になって老婆に抱きつくいた。

老婆はそんなエステリーゼを見て、心に生まれた罪悪感を打ち消すように強く強く抱きしめる。

今日も評議会では彼女の運命をどうするか話し合いがされているのだろう。
このまま姫を自分たちの操り人形として育て王女に据えるか。
それとも、姫を殺して別の人形を立てるべきか。
どちらの方が操りやすく、彼らに益をもたらすだろうか。


陰謀に渦巻く城の中で、エステリーゼだけは何も知らず、何も畏れず、いつも光輝いている。

「姫様は、まるでディセンダー様のようですね」

「ディセンダー、です?」

「そう。世界を造った世界樹から生まれる、救世主様です。光から生まれて、その光を人々にわけあたえることで、世界を平和に導いてくださるのですよ。
エステリーゼ様はいつもばあやに光をくれます。だから、ディセンダー様みたいだとばあやは言ったのです」

「でもわたし、ひかってなんかいませんよ?ひかりをばあやにあげてもいないです」

「ああ、姫様。光とは目に見えるその光じゃなくって…姫様の、その笑顔のことですよ。

姫様、いつも笑っていてくださいね。姫様が笑っていると、だれだって笑顔になれるんですから。そうやって、光をいろんな人に分け与えることができる人にお育ちください。そうすれば…この城だって明るくなるでしょう」

かくいう姫の世話役であるこの老婆も評議会の「優秀な」手駒であった。
エステリーゼを、世間知らずで物わかりのいい、かわいいお姫様にお育てすること。
姫が「用無し」と判断された場合は彼女を殺し、自分が全ての責をかぶって処罰されること。
これが、老婆に与えられた仕事であった。


そんな老婆に対して、いつも無垢で明るい笑顔を向けてくれるエステリーゼは、老婆にとってまさに光そのもの。

ときどき、まぶしすぎるくらいの彼女の光に打ちのめされるのではないかと不安になりながら、老婆は自分に許される限り姫を守ることを心に誓った。

「ばあや、ばあや」
「どうなさいましたか、エステリーゼ様」
「でぃせんだーさまのおはなし、もっときかせてください」
「もちろんですとも」

老婆は昔の記憶を手繰り寄せながら、かつて信じていた「救世主の予言」を幼い姫にわかりやすく語りだす。
そのことによって、再び姫が世界樹を見に走り出そうとするなんて思いもせず。そのことが、姫の「世界」に対する好奇心に火をつけるきっかけになるなんて、考えもせずに。


好奇心たっぷりの優しい姫もまた、この世で一番信頼している老婆の話にただ耳を傾ける。

やがて、自分がその救世主と共に、大きな役目を果たすことになる未来が来ることなんて想像もせず、彼女は笑っていた。
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