御話

□鎮痛剤
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腹部に独特の鈍痛が走って、もうそんな時期なのかと思った。
普段ならそんなに痛みは酷くはない方なのだがここ数日の睡眠不足からくる疲労からかいつもより重い。
薬箱を漁って鎮痛剤を探したが運悪く切らしてしまっていた。ああもうこんな時に限って。

頭も痛くなってきたし、鎮痛剤を買いに行く気力も無い。大人しくベッドに横になって楽になるのを待つ。枕元で携帯が鳴る。


「・・・はい」
「ユリタンこんにちは」


明るいいつもの声がする。


「どうしました?元気無いですけど」
「・・・ちょっと体調悪くて」
「大丈夫ですかっ!?病院行きますか?」
「大丈夫です。少し寝たら治りますから」


心配そうな電話の向こう側の声に少し嬉しくなった。こうして私を気遣ってくれる人がいるっていいなって思う。
電話を切って横になりながら痛みが去るのをひたすら待つ。だけど待てども待てども鈍痛は和らぐどころかどんどん酷くなってくる。
痛くて眠れもしないから困ったものだ。何度も寝返りを打ちながら時計の針の音だけをぼんやりと聞いていた。
どれくらい時間と格闘していただろうか。またもや枕元の携帯が鳴った。


「あっ・・・ぼっ僕、今ユリタンの部屋のドアの外にいます。薬とか色々買ってきたのでノブに掛けときますね!」
「えっ!?あっありがとうございます」
「あと、いつでも病院に行ける様に外で待機してますから辛かったら電話してくださいっ」
「えっ・・・やだっ。平丸さん本当に大丈夫ですから・・・」
「僕心配で居ても立ってもいられなくて、勝手にすみません。でもっ・・・」


電話越しでも彼が泣いているのが解った。私の説明が不十分だった為に余計な心配を掛けてしまった事を非常に申し訳なく思った。
重い身体を起こし玄関へ向かってドアの鍵を開けると、予想通り涙を盛大に流して突っ立っている恋人の姿。


「ゆ・・ゆりたん・・・だいじょぶですかぁ!?」


ドアノブには大量の薬やらドリンクやらで持ち手が千切れんばかりに詰め込まれたビニール袋が引っ掛けられている。
そんな恋人の姿を見て安心したのかちょっとだけ痛みが和らいだ気がした。


「平丸さん、ありがとうございます。中、入ってください」
「えっ・・・病院はいいんですか?」


中へと促すと目を真っ赤にした彼は少し戸惑った顔をしながら、恐る恐る部屋へと入ってきた。



「何処が悪いか解らなかったのでとりあえず色々買ってきてしまったんですけど・・・」
「・・・あ。ありがとうございます」


伸びきったビニール袋の中には風邪薬、咳止めシロップ、胃腸薬、大量のスポーツドリンクにプリン、ヨーグルト、喉飴、ビタミン剤、栄養ドリンクによくわからない漢方薬諸々が出てくる。
その中に有難いことに鎮痛剤も入っていたのでそちらを早速飲ませてもらう事にした。


「ユリタン、もしかして頭が痛いんですか?」
「いえ・・・」


鎮痛剤を飲んだ私に不思議そうな顔で尋ねる。彼は病気だと思い込んでいるんだった。きちんと説明しなければ。


「あの、私実は・・・せ・・・」
「せ?」


言いかけて、言葉に詰まる。あれ?こういう時ってどうすればいいのだろう。そもそも男の人にこういう事って言ってもいいんだろうか。
でも彼氏だし心配してわざわざ駆けつけて来てくれた訳だし、やはり本当の事を言うべきなのか。


「あ・・・」
「あ?」
「・・・アレです」
「あれ・・・ですか?」


とても口には出せなくて下腹部を撫でて見せると、彼が顔を真っ赤にさせた。


「あ・・・っ。ごごごめんなさい。僕早とちりして・・・」
「いえ・・・私こそ」



二人とも下を向いて顔を真っ赤にして無言になってしまった。
私達は恋人同士とは言えども未だに清い関係だしこういう話題は少し苦手だ。
変な緊張感からかまた鈍痛に襲われ思わず顔を歪めてしまった。


「ユリタン!僕に構わず横になっててください!!」
「すみません・・・じゃあ」



鎮痛剤も飲んだのでもう暫くしたら痛みも治まるだろうが、お言葉に甘えて横になる事にする。
ベッドの横には相も変わらず心配そうな顔をした恋人の存在。


「かわいそうに。痛みを代われるものなら僕が代わってあげたいです」
「平丸さんありがとう」


泣きそうな顔でそんな健気な事を言ってくれるから、とても愛おしい。


「本当に女性は大変です。こんなの無ければいいのに・・・」
「でもこれが無いと赤ちゃん産めないですから」
「そうか・・・僕も赤ちゃんは欲しいですね!!ユリタン似の女の子とか凄く可愛いだろうなぁ・・・って僕は何を言ってるんだハハハ」


最後に小さくすみませんと彼が呟いてから無言になった。


「わ・・・私は平丸さん似の男の子でもいいと思いますよ・・・」


恥ずかしくて目を合わさないようにしていたけど彼の嬉しそうな顔が視界の脇に入ってきた。
彼の右の掌が私の腹部に当てられる。じんわりと伝わる体温が温かい。


「・・お腹温めると楽になりますよ・・・たぶん」
「はい。ありがとう平丸さん」


鎮痛剤のせいか、少し眠い。
きっと以前にも私の知らない誰かに彼はこうやって優しくしてあげていたんだろうな。
そんな事を考えてしまうと少しだけ切なくて胸にチクリと棘が刺さったような痛みを感じた。
でも今は私が彼の心の中にいるんだと思い直す。
腹部に置かれた温かい手に自分の手を重ねる。もう瞼が重い。


「おやすみ」


眠り落ちる直前に優しい声と唇が降ってきた気がした。




目を醒ますと部屋の中が薄暗い。ああそうだ私眠ってしまったんだった。どのくらい眠っていたんだろう?鎮痛剤と少し眠ったおかげで痛みはもう殆ど無い。
腹部には彼の右手と自分の手が重なり合ったままでいた。
すーすーと左腕を枕にして寝息を立てて眠る顔が近くにある。無防備な寝顔があどけない。思わず愛しくなって、睫毛にかかる揃った前髪を掻き上げ、おでこにキスをした。


「んん?・・・ユリ・・たん?もう大丈夫ですか?」


寝ぼけ眼のままで私に問う。いつだって私を一番に映してくれる。これからも私だけを見ていて欲しいな。


「平丸さんのおかげです。ありがとう」


私がそう言うと本当に嬉しそうに笑う。その笑顔に胸の棘も溶けて無くなった。あなたが居ればどんな痛みだって何処かへ消えてしまう。


「もう少しだけ・・・一緒に居てください」
「もちろんです。ユリタンが望むのならば一秒でも長く!」



数十分後に掛かって来た、吉田さんからの怒りの電話が鳴るまで。





(了)





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