御話

□特別なあなたへ
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『蒼樹さん、日曜のお昼空いてますか?』


そんな香耶さんのキラキラした可愛いデコメールが私の携帯に届いた木曜日の夜。
今のペースだと原稿も問題なくあがりそうだし、
今週は平丸さんとの約束も未だ特にはしていなかったから直ぐに返信した。

『はい。大丈夫ですよ』

また直ぐに返信。

『よかった。日曜ミホがウチに来るんでよかったら3人でガールズトークしましょう。
秋人さんは居ないのでゆっくり(笑)』
『はい。楽しみにしてます』


そんなやりとりを終えた後、間髪入れずに平丸さんから電話が入った。


「ユリタン日曜日、空いてますか?」
「すみません、さっき香耶さんたちと約束を入れてしまって」
「・・・そうですか、残念ですが・・・」



電話越しに彼のガックリとした空気が伝わってきたので慌てて提案しなおす。


「あっ・・・でも約束はお昼なので夜なら・・・」
「ホントですか!?僕、ディナー予約しときますっ」


今度は彼の晴れやかな空気が伝わってきたので思わず笑ってしまった。
今週の日曜日は楽しい予定で埋まってしまったので
原稿の上を走るペンがいつもより軽く感じた。






日曜日のお昼過ぎ。
部屋のチャイムを押すとバタバタと賑やかな足音と供に出迎えてくれた。

「蒼樹さんいらっしゃい」
「お邪魔します」

通される広いリビング。なんでも不動産屋のお父さんのお陰で、
かなりの破格でこの部屋が借りられたと香耶は明るく言う。

「蒼樹さんも平丸さんと結婚する時はお部屋相談してくださいねー」
「私まだ・・・そんなっ」


いきなり香耶からの右ストレート。

「ミホもだよ」

隣でくすくすと上品に笑っているミホにも飛び火した。
私とミホとが顔を合わせて真っ赤になって下を向いた様子を見て香耶はケラケラと笑っていた。


「香耶さん。ミホさん。コレお土産です」
「うわぁー美味しそう!」
「以前、平丸さんがお土産でくれてとても美味しかったので」
「へぇ・・・平丸さんがコレをねぇ」


上品な包装紙を開けると、ドライフルーツが色とりどりに散りばめられたパウンドケーキーが並んでいた。
バターの甘くて芳ばしい香りが鼻をくすぐる。


香耶は一人でもう一度「あの平丸さんが」とニヤけながら呟いていた。
早速パウンドケーキを広げて、お茶を飲みながら恋愛の話で盛り上がる。

3人の中で唯一の既婚者である香耶を中心に繰り広げられる恋愛論。


「新婚生活って楽しいですか?」
「楽しいですよ!ただ、秋人さん家でも漫画ばっかだし・・・ちょっと寂しい時もあるかな」
「カヤ、秋人さんって呼ぶのすっかり板についてきたね」
「最初は苦労したよ!ずっと『高木』だったし」


香耶ちゃん。秋人さん。なんだか憧れてしまう。
もっとも、彼は私の事を『ユリタン』と呼んでくれてはいるのだか。


「ミホも蒼樹さんも、下の名前で呼びあわないね?」
「私は、真城君に合わせるの。彼が名前で呼んでくれたら私もそうする」
「相変わらず頑固な二人だねー。蒼樹さんも?」
「わっ私は・・・平丸さんは私の事を『ユリタン』なんですけど」

「ユリタン?じゃあ平丸さんはカズタン?」


二人が身を乗り出して興味津々と言った顔で聞いてくる。


「いえ・・・恥ずかしくて・・・私は『平丸さん』です」
「え〜っ?それじゃ平丸さん可哀想!!」


二人が息ぴったりに揃えて同じ言葉を言う。


「せめて『一也さん』とかじゃ駄目です?」


ミホがお人形さんのようなキラキラした瞳で訴えてくる。
一也さん。一也さん・・・頭の中で彼の名前を呼んでみたが、身体が一気に熱くなった。


「蒼樹さん!一也さんにしましょう!絶対喜びますよ!!」
「私もそう思う!」
「えっ・・・でも・・・恥ずかしくて」



今のこの状況でもかなり恥ずかしいのに、本人を目の前にして絶対に言える勇気が無い。


「ほら、蒼樹さん練習練習!」
「・・・かっ一也さん・・・駄目です。恥ずかしい」

恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う。自分には絶対に無理だと悟った。


「蒼樹さんかわいい」
「こりゃ平丸さんもメロメロだわ」


私って素直じゃないのかも?そう思った。
彼はストレートに気持ちをぶつけてきてくれたのに。
彼の気持ちにばっかり甘えてしまっている気がする。

「大切な人には、きちんと伝えなきゃ」
「蒼樹さんだって平丸さんの事、好きなんでしょ?」

私よりも歳下なのに、二人ともずっと大人なんだな。


「そうですよね」


言わなくちゃ伝わらない事は沢山あるのに。
私は何一つ伝えられていない。
恋愛漫画を描くのは得意だと思っていたが
自分の恋愛は不器用な事を少し反省した。



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