御話

□虹の女神
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「平丸・・・この見積書は何だ!!」

営業部部長の怒鳴り声がフロア内に響いた。

でも誰一人その事に関心は持たないで、自分の業務を黙々と進めているだけだ。
いつも通りの日常。部長に見えないように小さくため息をついて、
俺はいつも通りの出来の悪い見積書を持って部長のデスクの前へいつも通り向かった。



・・・・・窓を激しく叩きつける雨粒。はっと体を起こした。

原稿を描いたまま机に突っ伏して居眠りをしていたようだった。
慌てて原稿に涎がついていないのを確認してほっと安堵した。
只でさえやりたくない原稿をやり直しだなんて真っ平御免だ。
カーテンがだらしなく半分だけ開かれた窓に目をやれば
真っ黒な重たい雲に覆われた世界になっていた。
また天気予報がハズレタんだな。今流行りのゲリラ豪雨って奴か。


部屋の時計は16:56分を表示している。

五月蝿い雨音が部長の怒鳴り声を思い出させて昔の夢なんて見てしまったのか。
脱サラして漫画家になってもう随分経つというのに等と
軽く嘲笑しながらもその部長や同僚達は元気なのか?
取引先の気前のいい社長はどうしてるだろう?この時間だったらまだ外回りしてるから
雨に降られていただろうか?・・・なんて柄にも無く物思いに耽ってしまった。

そもそもそんな世界が嫌になって飛び出してきた癖に何を今更センチになってしまうのか。
後悔は・・・・充分にしているが、一直線なくだらない日々に戻ろうなんて気持ちは更々ないのだ。

この空模様のように心と頭が重苦しい。
ああなんて夢を見てしまったんだろう。
こんな夢を見るくらいなら愛しい彼女との楽しい夢が良かったな。
やる気の無い上に転寝をしてしまって更に頭の回転率が悪くなったので
眠気覚ましにシャワーでも浴びることにした。



シャワーから出るとさっきまでの土砂降りが嘘のようにあがっている。
夏の終わりの天気は本当に読めないから困ったものだ。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、がぶ飲みしながら半開きになっていたカーテンを開ける。

窓いっぱいに広がる見事な虹が目に飛び込む。
遠くの空にはまだ雨雲らしき黒い雲。
雨上がりの薄い蒼色と夕焼けの紅い色の混じった複雑な色のキャンバスに鮮やかな存在感を放っていた。

「・・・綺麗だな。」

思わず呟いてしまった。
さっき見た夢のせいか、やっぱり少しだけセンチになってしまったみたいだ。
ぼんやりといつ消えるか分からない虹を見ていると、急に人恋しさに襲われる。

殆ど無意識に携帯を手に取り、気付いた時には彼女の番号をコールしていた。
しまったと思ったがもう既に遅い。数回のコール音の後に彼女の声が聞こえた。


「もしもし」

「ひっ・・・平丸ですっ。あの・・・すみません」

「フフ。どうしたんですか?」


こんな中途半端な時間に電話なんてして迷惑だったろうか?
そもそも虹を見て急に声が聴きたくなっただなんて彼女はどう思うだろうか?
あれこれ考えて、結局出てきた言葉は。


「すみません・・・」

「平丸さん?どうかしたんですか?何かありました?」


謝ってばかりの僕に彼女の声色は少し心配そうに聞こえる。


「虹が・・・」
「虹?」

「虹が出てたんです。スゴく綺麗な。それで見てたら・・・ユリタンの声が聴きたくなってしまいましたっ」
「もうっ・・平丸さんったら」


いつもの様におちゃらけて本心を言ってみる。顔を赤くさせて少し怒ったような
顔をしてる彼女の様子は電話口からでも容易に想像できた。


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