ヴァンジェ ―異端の花嫁と獣の王者―

□Chapter19. 『誰が為の力』
1ページ/11ページ

「……あ」

エルバートへの訪問における最大の目的が、頭からすっかり抜け落ちていた。

危ない、危ないと内心で冷や汗をかきながら、慌てて口を開く。

「エル様。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いい?」

「ん? なあに?」

一旦立ち上がってエルバートの元に歩み寄り、そっと耳打ちをする。

この作戦は、あまり大きな声では言えない。

こちらの提案に、彼は瞠目する。

「……それ、ウォーレス殿に見つかったら、お互い大変なことにならない?」

「大丈夫。ウォーレスには上手く言っておくから」

ただの思いつきだけで行動するわけではない。

ウォーレスを納得させるだけの口上を並べることくらい、既に対策済みだ。

エルバートはしばし逡巡する素振りを見せた後、うーんと唸る。

「……本当に、君の迷惑にならない?」

「うん。私を信じて」

とはいえ、エルバートとの交流期間を考えれば、信頼を寄せてもらえるだけの関係はまだ築けていないだろう。

だから、本気で彼が嫌がるのであれば、こちらも大人しく引き下がるだけだ。

これは、ただの自己満足に過ぎないのだから。

決して、無理強いはできない。

エルバートはやはり悩ましげな表情を浮かべ、視線を彷徨わせる。

この様子では断られるだろうかと諦めかけた時、彼がおずおずとこちらを見上げてきた。

「……それじゃあ、お願いしてもいいかな?」

「……うん……! ありがとう!」

駄目で元々くらいの気持ちだったから、エルバートの承諾の言葉が、必要以上にディアナの心を喜ばせる。

ほっと胸を撫で下ろしつつ、ふわりと微笑む。

「それじゃあ、できるだけ地味な服を用意しておいてね」

「分かった。それで、いつ頃を予定しているの?」

「えっと、ヴァルがウォーレスとの話し合いを終わらせてからだから、まだ目処は立っていないの。追々、連絡するね」

「うん、楽しみにしている」

これで、バスカヴィル国に滞在している間に消化しなければならない予定が、また一つ増えた。

だが、内容が内容なだけに、わくわくと胸が躍る。

それから、しばらく雑談に花を咲かせた後、アフターヌーンティーはお開きとなった。

エルバートと別れの挨拶を交わし、ヴァルと共に与えられた賓客室へと向かう。

その最中に、頭の中でヴァルが仕事を終わらせるまでの間、どうやって過ごそうか予定を立てる。

(明日は、またヒースに付き添いをお願いして、神殿と騎士団の営所に顔を出したいな。あと、できればピアーズにも直接会いたい)

しかし、ピアーズと顔を合わせるとなれば、報酬となるお菓子を用意しなければならないため、明日は控えておいた方がいいだろうか。

(うーん……でも時間があるなら、王都のお店で買ってもいいし……)

他の用件を済ませた時間次第で、行動を決めよう。

バスカヴィル国には、ただ遊びにきたわけではないのだ。

せっかくの機会なのだから、少しでも現状を打破するための策を考える材料を集めておくべきだ。

状況を改善する手立てが見つからなければ、自分の命が危ういままだ。

うんと大きく頷き、石畳を踏みしめる足に力を込めた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ