ヴァンジェ ―異端の花嫁と獣の王者―

□Chapter13. 『崩壊』
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簡単に事態を収束できるかと踏んでいたのだが、どうやらその考えは甘かったらしい。

どれだけディアナが銃弾で相手の急所に穴を開けようとも、とんでもない再生能力ですぐにまた元通りになってしまう。

骸自体は、正直に言えばそんなに強くはない。

だが、傷の修復の速さが尋常ではないため、一向に数が減らない。

(フェイは……)

ちらりと後方を窺えば、フェイは無駄のない動きで目前の敵を斬り捨てていく。

獣人だから、自己防衛くらいは容易くできるだろうと予想していたのだが、フェイの実力はディアナの想像を遥かに上回っていた。

普段、そんな素振りは一切見せていなかったのに、こんなにも強い力を秘めていたのかと驚きを隠せない。

(他人に自分の実力を悟らせないなんて、並大抵のことじゃない……)

ただ強いだけであれば、自然と何気ない仕草や身のこなしから、武術を心得ている相手には見抜かれてしまう。

しかし、フェイはディアナ相手にも今の今まで隠し通していたのだ。

己の気配を殺すことにも長けているなど、相当の実力者の証だ。

敵に回したら厄介な男だと、胸中で呟く。

「姫、全然敵さんの数が減らないんだけど、どうする?」

フェイの言う通り、このまま戦闘を続けたところでディアナたちの体力が無為に削られていくだけだ。

ならばと覚悟を決め、腹を括る。

「……フェイ。私が道を開けるから、その隙に一気に通り過ぎる。いい?」

「りょーかい」

フェイは軽い調子で返事をしたものの、相変わらずの鮮やかな剣捌(けんさば)きで敵を迎え撃っている。

改めて眼前の敵をひたと見据え、左手にも拳銃を出現させる。

そして、二丁同時に躊躇なく引き金を引く。

一体につき五、六発ほど弾丸を撃ち放ち、そう易々と修復できない状態に持ち込む。

ディアナが向いている方角の敵が全員即座には戦えない状況に陥ったその時、素早く床を蹴る。

床を滑るように駆け出したディアナの隣を、フェイが並走する。

敵がいた場所を突破した瞬間、背後からごぼごぼと耳障りな音が聞こえてきた。

より一層足に力を込め、走る速度を跳ね上げる。

低い唸り声を上げながら、後ろから骸の群れが追いかけてくるが、一度も振り返らずにひたすら鏡の道を駆け抜けていく。

しばらくはずっと一本道が続いていたのだが、不意に曲がり角を見つける。

「フェイ、こっち……!!」

咄嗟にフェイの右腕を掴み、素早く曲がり角に身を滑らせる。

骸たちは知性がないからなのか、それともそれほど視力がよくないのか、そのまま道を突っ切っていった。

身を潜めたディアナたちは息を殺し、骸の群れが通り過ぎるまで待つ。

やがて、辺りはしんと静まり返ってそっと息を吐き出す。

それからきつく掴んでいたフェイの腕を放し、拳銃を消し去ってから口を開く。

「……もう少し、様子を見てみよう。それで何もなかったら、こっちの道から探索を続けたいんだけど、いい?」

フェイを振り仰げば、何故か彼は哀しみに満ちた瞳でこちらを見つめていた。

どうしたのかと首を傾げるディアナの頬を、長い指が撫でる。

「……フェイ?」

「……姫、随分と拳銃の扱いに慣れてるんだね」

また何か詮索されるのかと身構えたが、予想とは裏腹の淡い微笑みがフェイの口元に浮かぶ。

「……辛かったね。女の子なのに、あんなものに慣れなきゃいけなかったなんて」

「同情……しているの?」

「姫は、俺に同情して欲しいの?」

「……して欲しくない」

「でしょ? だから俺は、絶対に姫に同情なんかしない。共感はしてもね」

その口振りから、フェイも何か不本意なことをさせられていたのかと、疑問符が浮かぶ。

でも、彼は元々は王子だ。

もしかしたら、その生まれこそが本人にとって望んだものではなかったのかもしれない。

いずれにせよ、深く踏み込んではならない内容だ。

だから口にはせず、ただ自分の頬を撫でていく指を引き剥がす。

「……必要以上の接触はいらないから」

「姫って、本当につれないなあ」

フェイは苦笑いを浮かべ、ゆっくりと手を引っ込める。

「さて、敵さんは見当たらないし、探索再開する?」

彼は意識を切り替えたらしく、曲がり角の向こうを覗き込んで確認する。

「うん。それじゃあ、せっかくこっちに曲がったから、こっちの方を調べてみよう」

「かしこまりました、お姫様」

フェイがおどけた調子で返事をして、再び二人揃って歩き出す。

「それにしても、どうしてこんなことになっちゃったんだろうね? 非日常過ぎない? この展開」

「ご、ごめんなさい……」

フェイの尤(もっと)もな疑問に、申し訳なさを覚える。

ディアナはある程度事情を呑み込めているからいいものの、巻き込まれた側のフェイにしてみれば、何が何だか分からないのだろう。

かといって、実は命を狙われている身だと打ち明けるには、かなりの勇気を要する。

もごもごと口ごもっていると、フェイは軽く肩を竦めた。

「まあ、ここから脱出さえできれば俺は何でもいいだけど。それに、せっかく姫と二人きりになれたんだしねー。この絶好の機会を堪能しないのは、損だよ損」

「……フェイって、恐ろしく前向き」

「前向きな方が色々、気楽だよー?」

「それはそうかも」

フェイの雰囲気が伝播してきたのか、思わず控えめに微笑む。

すると、彼は無邪気ににっこりと笑った。

「そうそう、姫はそうやって笑ってる方がずっと可愛いよ。沈んだ顔をしてるのは、勿体無い」

「……私、笑っている?」

「笑ってるっていうより、微笑んでるかな? 姫って、控えめだねー。笑いたい時には、思い切り笑えばいいのに」

「そう言われても……」

長い間顔の筋肉がほとんど動かなかったディアナとしては、なかなかの難題だ。

困り果てて微かに眉根を寄せていると、フェイに眉間をぐりぐりと撫でられた。

「ごめん、ごめん。癖って、なかなか抜けないもんだよねー。さっきのは忘れて?」

「忘れてって言われると、かえって忘れられない……」

「じゃあ、気にしないで。ね?」

「……うん。じゃあ、そうする」

こくりと頷き、前方へと顔を向ける。

それにしても、周囲の景色には本当に変化というものがない。

延々と、似通った光景ばかりが続いている。

しかも、進めば進むほどさらに道が広がっていっている気がする。

このまま探索を続けたところで、果てがあるのかと勘繰ってしまう。

ふと、背後からひたひたと忍び寄ってくる足音が耳朶を打つ。

彼とほぼ同時に背後へ振り返った直後、そこに立っていた人物に愕然とした。
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