トラワレビト〜咲き初めの花 媚薬の蝶〜
□第九章 『誓い』
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懐かしそうに語る家光様を見て、私は申し訳ない思いでいっぱいになった。
だが同時に、彼の言葉によって全てのことが繋がっていく。
院主になって間もない頃、家光様が私に会いに来てくれた時、梅の花が満開になっていた。
そして、彼からの初めての贈り物は、やはり梅の花に関するものだった。
それだけ、家光様にとって私との出逢いは意味があったのだろうか。
私に恋心を抱かせるだけのものを、彼に与えられたのか。
それから、家光様が偽りの笑みを張りつけているわけも分かった。
彼は、ずっと強がっていたのだ。
虚勢でも張っていなければ、自分自身の心の均衡を保てなかったのだろう。
「……家光様、申し訳ございません。私、何て申し上げればいいのか……」
家光様の手を包み込んでいる自分の手が、どうしても震えてしまう。
かける言葉が見つからず、何度も口を開閉させていると、彼が空いている方の手で私の手の甲を優しく撫でてくれた。
「……お万のこと、責めようとしてるわけじゃないんだ。ただ……お前の疑問に答えてやりたくて。そしたら、いつの間にか昔の話を持ち出してた。……本当に、ごめん」
後悔の念が滲んだ家光様の言葉に、私はぶんぶんと首を横に振る。
それにしても、彼のおかげで明瞭に思い出せたが、何故こんなにもごっそりと記憶が抜け落ちていたのか。
私は記憶の糸を手繰り寄せ、はたとその原因に思い当たる。
口にするべきか否か悩んでいると、家光様はこちらの胸の内を察したかのように、柔らかく微笑んだ。
「……お万も、言いたいことがあるんだろ? 俺、ちゃんと最後まで聞いてるから、話してごらん」
「では……お言葉に甘えて。私の昔の話も、聞いて頂けますか? 何故、貴方様との思い出を失ってしまったのか、その原因にも当たる話ですので……」
彼がゆっくりと頷いたのを確認した後、私は静かに言葉を紡ぎ始めた。
あの、辛く哀しい出来事を――。