トラワレビト〜咲き初めの花 媚薬の蝶〜

□第九章 『誓い』
1ページ/10ページ

懐かしそうに語る家光様を見て、私は申し訳ない思いでいっぱいになった。

だが同時に、彼の言葉によって全てのことが繋がっていく。

院主になって間もない頃、家光様が私に会いに来てくれた時、梅の花が満開になっていた。

そして、彼からの初めての贈り物は、やはり梅の花に関するものだった。

それだけ、家光様にとって私との出逢いは意味があったのだろうか。

私に恋心を抱かせるだけのものを、彼に与えられたのか。

それから、家光様が偽りの笑みを張りつけているわけも分かった。

彼は、ずっと強がっていたのだ。

虚勢でも張っていなければ、自分自身の心の均衡を保てなかったのだろう。

「……家光様、申し訳ございません。私、何て申し上げればいいのか……」

家光様の手を包み込んでいる自分の手が、どうしても震えてしまう。

かける言葉が見つからず、何度も口を開閉させていると、彼が空いている方の手で私の手の甲を優しく撫でてくれた。

「……お万のこと、責めようとしてるわけじゃないんだ。ただ……お前の疑問に答えてやりたくて。そしたら、いつの間にか昔の話を持ち出してた。……本当に、ごめん」

後悔の念が滲んだ家光様の言葉に、私はぶんぶんと首を横に振る。

それにしても、彼のおかげで明瞭に思い出せたが、何故こんなにもごっそりと記憶が抜け落ちていたのか。

私は記憶の糸を手繰り寄せ、はたとその原因に思い当たる。

口にするべきか否か悩んでいると、家光様はこちらの胸の内を察したかのように、柔らかく微笑んだ。

「……お万も、言いたいことがあるんだろ? 俺、ちゃんと最後まで聞いてるから、話してごらん」

「では……お言葉に甘えて。私の昔の話も、聞いて頂けますか? 何故、貴方様との思い出を失ってしまったのか、その原因にも当たる話ですので……」

彼がゆっくりと頷いたのを確認した後、私は静かに言葉を紡ぎ始めた。

あの、辛く哀しい出来事を――。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ