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□愛を込めて花束を
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泥にまみれて、白球を追いかけることだけに必死になってたあの頃。
まさか、こんなに穏やかな気分で夏を迎えられる日が来るなんて、思ってもいなかった。
愛を込めて花束を
「いらっしゃいませ〜。どんな花をお探しですか?」
めったに入ったこともない花屋の店先でキョロキョロしていると、店員のお姉さんが声をかけてきた。
「いや、その…今日、誕生日の奴がいて、それで、なんか花でもと思って……」
あ、やべッ、なんかオレ顔赤くなってね? 誰にあげるとかも言ってないのに、今から意識しまくってどーすんだ。
「こんなステキな彼氏さんに花を贈ってもらえるなんて、彼女さんが羨ましいわ〜」
「ぅえっ? か、か、彼女ってわけではなくって……」
うろたえながら否定してる自分が嫌んなる。今この場にあいつがいるわけでもないんだから、別に否定することなんかなかったのに。
そりゃ確かに「彼女」じゃないけど、オレにとっては誰よりも大切な存在であることは間違いないんだから。
「彼女、じゃないけど、すげー大切な奴なんです。そいつ、花とか育てんの得意だから、なんか鉢植えの奴でもいいかなって思ったり……」
希望を言ってみると、店員さんは店先にある華麗な切花に比べると少し地味目な、深いピンク一色の鉢植えを奥の方から出して来た。
「今日のお誕生花、ブーゲンビリアよ。ほかにもトルコキキョウとかひまわりなんかも誕生花なんだけど、鉢植えならこれがいいかな、と思って。それに、花言葉もステキだしね」
「花言葉…って、どんなのですか?」
「情熱・秘められた思い・あなたは魅力に満ちている……いっぱいあるけど、一番おススメなのはやっぱり『あなたしか見えない』かな」
一瞬のうちに、また顔がかぁっと熱くなる。うわ、どの花言葉もこっぱずかしくて、とても言えねえ。
特に「あなたしか見えない」とか絶対ムリだ。花を渡しながらあいつにそう囁く自分とか想像してみたら、地球ごと木っ端みじんに爆発して消滅できそうな気がする。
花言葉のことは気にしないようにして、少し大きめなその鉢植えを買うことに決め、ラッピングしてもらって持ち帰ることにした。
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