Northern lights

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『おひさしぶりです、提督』

 そう言った彼の顔は本来の年相応の少年の顔。 
 傷つき、迷い、自分が何を求めているのかも解らなくなって道を見失っていたあの頃のままの・・・。

 自分では連合の意図、否、ブルーコスモスの意図から守りきれないと、半崩壊状態の彼ら――生体CPU候補――を内密にオーブへ逃したのはいつのことだったか。

 アークエンジェルの無事を聞いたときも驚いたが、その中にオーブ代表代理としてシオンの名を見つけたとき、どれほど驚愕したことか。
 戦いから遠ざけようと逃がしたはずが、結局彼は戦場に戻っていた。
  

「しばらく見ないうちに大きくなったな。ウズミ代表はよくしてくれているか? あの子は元気かね?」
 久方ぶりの再会にハルバートンが矢継早に質問を投げかける。『あの子』の言葉を聞いた途端シオンは瞼を伏せ、首を横に振った。
「・・・・・亡くなりました」
「亡くなった・・・だと?」
 ハルバートンはシオンの言葉に息を呑んだ。
「ウズミ様の計らいで俺たちは最先端の治療を受けることができました。けど、あいつは・・・サリアは手遅れだったんです。ラボで受けた実験はあいつの身体を予想以上に蝕んでた・・・それでもオーブに入ってすぐの頃は2人で海を見たり、少しくらいなら森林の中を散歩したり出来たんです。けれど、数ヶ月でベッドから起き上がることもできなくなって・・・機械でかろうじて生命を繋いでる状態だった・・・・」 
 両手で顔を覆い、俺はあいつに何もしてやれなかったと声を震わせるシオンにハルバートンは眉を寄せた。
「―――君にそこまで想ってもらえたのだ。きっとあの子は幸せだったろう。それ以上、自分を責めるな。あの子の死は君の所為ではない。我々・・・連合の責任だ」
「エクステンデット計画はあなたの関知するところじゃなかった。ブルーコスモスの息の掛かっていないあなたにはどうすることもできない。―――なのに、あなたは自分の立場を省みず俺たちを逃がしてくれた。俺はあなたを憎んでなんていませんよ。逆に感謝してるくらいです。あなたのおかげで俺たちは・・・あいつはオーブで自分を取り戻すことができた。そして俺はウズミ様に会えた・・・ありがとうございます、ハルバートン提督」
 シオンは深く頭を下げた。
 出会った頃は、まさに『兵器』としか呼べなかった彼。その彼が『人』として自分と肩を並べている・・・その事実にハルバートンは感慨深いものを感じていた。
「そうか・・・そういってくれるか・・・君のその言葉が唯一の救いだ。―――ところで話は変わるが・・・アークエンジェルに保護されている民間人と彼≠フことだが」
 ハルバートンの声に、シオンはゆっくりと顔を上げると真っ直ぐに声の主を見据える。
「俺としては艦に乗っている民間人を一刻も早く降ろしてほしいと思っています。その為のシャトルを一機お借りできませんか? アークエンジェルがアラスカに向けて降下する前に民間人をシャトルに乗せてオーブに降ろしたいんです。もちろん彼≠焉v
「キラ・ヤマトかね」
「そうです。キラ君は民間人の―――しかも学生でありながら不運にも戦火に巻き込まれストライクを目にしてしまいました。その為にココのクルーからアレ≠ノ乗ることを強要されてきた。しかも当初、周りからはコーディネイターだというだけで銃まで向けられて・・・彼がこうなってしまった原因は俺にあります。あの時、俺と一緒に行動するよりもラミアス艦長と行ったほうが安全だと俺が判断してしまった所為だ。だから俺はココを離れることができなかったんです。―――少なくとも彼が他の民間人と共にアークエンジェルを降りられるという確固たる証拠がない限りは。だから第8艦隊の司令官があなただと聞いて正直ホッとしました」
「ほう・・・なぜかね? バジルール少尉の言ではないが、私が彼の除隊に反対するとは思わなかったのかね」
「ええ、思いません」
 シオンは珍しく、年相応の笑みを湛えながらハルバートンへと言葉を続ける。
「あなたの人となりは理解しているつもりです。それに彼の除隊に反対するような人なら、あの時、危険を顧みずに俺たちを助けたりはしなかったでしょう? あなたならきっとキラ君を除隊させてくれると信じていました」
 キッパリと言い切る、迷いのない瞳を自分に向けてくるシオンにハルバートンは苦笑いを浮かべた。

 この場を包み始めた和やかな空気。それを払うかのような厳しい表情で、そういえば・・・と、何かを思い出したようにシオンは口を開いた。
「この艦を追ってきて来ているのはラウ・ル・クルーゼが率いる隊のようですね・・・この後、どうなさるおつもりですか? 一筋縄では行かない相手ですよ」
「? 君はラウ・ル・クルーゼを知っているのかね」
 まるで対峙したことでもあるかのようにクルーゼの強さを表現するシオンの言葉に、ハルバートンは疑問を持った。
 今はオーブの人間である彼が、なぜザフトの一隊長の実力を知っているのか。
 確かに軍上層部に身を置いていれば、情報や噂くらい耳にするだろう。だが今の彼の言葉は、明らかに「自分はクルーゼの実力を知っている」と受け取れる。
「・・・えぇ、まぁ」
 ハルバートンの質問に、シオンは言葉を濁した。
 それはまるで、この先は聞かないで欲しいと懇願するようにも聞こえた。
 視線を僅かに逸らせたシオンに、ハルバートンは優しく告げる。
「言いたくなければ、詳しくは聞かん」 
 真っ直ぐ人を見て話す彼が視線を逸らすのは、それがきっと触れられたくない、知られたくない部分だからだ。
 そう感じたハルバートンは、話題を変えるかそろそろこの部屋からでるか、考えを逡巡させた。

「――幼少の頃、少し・・・」
 流れ始めた沈黙を破るように、シオンの呟きが部屋の空気を震わせる。
 何かを思い起こすように遠くへと視線を彷徨わせながら話し始めたシオンの横顔を、ハルバートンは黙って見守った。
「個人的な昔話になりますが、聞いてくださいますか」
「聞こう」
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