兄さん誕生日その2
□メロディー
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「ちょいと、そこのお兄さん」
「ん?」
ある島にての船への帰り道。おれは明るい声に呼び止められた。見れば、映像貝を一つ持っていて、側にギターを置いている男。サングラスでも見覚えのある長い鼻、まったく、それで変装したつもりかよ。
「写真一枚どうだい?」
「お断りだよ、ウソップ」
「ぬおっ、ばれたっ」
「当たり前だ。何してんだよ」
サングラスをぐいっととってやれば、バツが悪そうな顔をした。まったく。
「いや、そこで映像貝借りてさー」
「へぇ。何撮ろうとしてたんだ」
「いやぁ誰かいいかんじの人に協力してもらおうと思ったら、サンジが通ったから。モデルになるか?なってくれよ」
「…仕方ねぇな」
そこまで言うならってことで。側にあるギターを拾いあげて、柵にもたれ掛かる。ウソップの助言でギターケースを置いて、ギターを構えて、瞳を閉じた。
「おー、なかなか様になってる。サンジのくせに」
「夕飯にいいきのこが入ったんだっけか」
「かんべんしてくださいごめんなさい」
まったく、せっかく付き合ってやってんのにその言い草はなんだっての。そうため息混じりに見たものは、おれが抱えたギター。昔バラティエで少しかじったことがあったから、ついつい弦に触れて、適当にギターを掻き鳴らす。わりと覚えてるもんだ。リズムもメロディーもばっちりだ。
「おー、すげぇなサンジ!こっちまでノッてきた!よーし、そのまま目、閉じて。撮るぞー」
「鳴らしたままでブレねぇか」
「そこは保障するって。いーくぞー」
そういうなら、まぁいいが。
ウソップが言う通りに目を閉じてやって、ギターを掻き鳴らす。波の音がやけに激しいな。ちょっと荒れてんのかね。まぁ、ギターのメロディーを盛り上げる感じで、いいんじゃねぇか。
「ハイ、チー」
ざはぁん、と背で響く波飛沫が、ウソップの声を掻き消した背中で。ブオーだかなんだか、クジラみてぇなご機嫌な鳴き声と、ギターのメロディーに合わせて海の音のが聞こえるんだが、気のせいか?…まぁ、シャッター切られるのいつかわかんねぇから、振り向けねぇまま同じ顔でギターをリズミカルに鳴らしたままで居た。
ざはぁん、とでっかい波の音がまた響いて、おれの髪や背中に冷たい水がかかるのを感じた。それを締めのシンバル代わりととって、もういいだろ、と目を開けれてギターを止めれば、あんぐりと口を開けてるウソップが居た。
「…なんだ、そのリアクション」
「サ、サ、サ、サンジ!!す、す、す、すんげぇの撮れた!!クジラだ!!でっけぇクジラ飛び出してきてさ、お前の背中勢いよく飛び越して」
「…へぇ、見せてくれよ」
「お、おう。一緒にみよ」
びーっと出てきた写真をワクワクしながら手にとってみたが。
「う?」
「あ?」
思わず、首を傾げちまった。
写真には真っ黒で何にも写ってなくて。
「オイ、故障かよ」
「そんな筈は……あ」
「あ」
おれとウソップは同時に、見つけちまったんだ。
映像貝のキャップがついたままになっちまってるのを。
「ああああああああ!!!!」
「アホォォォォっ!!!」
こうしてこの日、おれはなんか無駄な時間を過ごしちまったんだ。劇的なシーンだったろうし、おれも見たかった。もし、映像貝貸してくれた店に持っていきゃみんな驚かせれたし、レディ達だっておれに惚れたに違いない、ぐすん。
でも、この話にはまだ少しだけ続きがあるんだぜ。
「サンジ、こんな感じだったんだ!映像貝ばりにうまく書けたぞー!!」
ウソップは、どうしてもおれにあの映像を見せたかったらしく、絵に頑張って描き起こしやがったんだ。おれはつまんで、ウソップがわざわざ見せにきた絵を見遣る。思わず、顔が緩んじまった。クソっ。
「…ノリノリじゃねぇか」
「ノリノリだろっ」
思わず顔を見合わせて、笑い合う。
絵の中のクールなおれ。今にも音が聞こえてきそうなギター。おれの背中には、ご機嫌で口を動かし、潮でリズムをとるでかいクジラが描かれていた。
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メロディー。アンケートより。ご協力ありがとうございました。
兄さんの扉絵は目つぶってたり、目が髪に隠れてたりするのがあってヨイです。