兄さん誕生日その1
□蜻蛉
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「サンジィ、大丈夫か?」
「ごめんなぁ、気づいてやれなくて」
「…いいから、遊んでこいよ。休んでる」
甲板の上、まだまだ暑い9月の15時。料理人は、パラソルの下に横たわっていた。どうやら熱い砂浜やぎらぎらした太陽の下で水分を取らずにスーツで動き回っていたものだから、熱中症にかかってしまったようである。
「こんな暑いんだから、涼しい格好しなきゃダメだよ。サンジ」
「洗濯追いつかなくて、つい。気ィつけるよ、ドクター」
「気分悪くないか?」
「…寝てりゃ治るさ。だからお前も遊びに行けよ」
「ダメだ!おれはサンジの側にいるぞっ。船医だからなぁぁっ」
「お前暑くてばててるだけか」
「アラバスタよりマシだからいいんだっ!ほら、タオルタオル」
「…おう」
船医の力強い言葉にふっと笑い、額の冷たいタオルに手の甲を押し当てた。再度響き始めた砂浜の音と船長達の声に安堵の息を漏らし、視線を横に向けた途端。
「……う」
顔を青く歪める。船医は驚きの表情を浮かべる。
「ど、どうしたんだ、サンジ?気分悪くなったのか?」
「…あんま見たくねぇもんが…昼間に落ちてきた」
「え?」
船医は訝しがって、顔を青くした料理人の視線の先を見つめた。ひらひらと白いものがゆっくりと甲板に落ちていく。船医はまじまじとそれを見つめた。
「おれどうも苦手なんだ、こういうの」
「雪…じゃないな。蛾?」
「…埋めてやれよ、チョッパー」
「なんでだ!?嫌いだからって生き埋めしちゃうのか!?」
「違ェって…お前、蜻蛉知らねぇのか」
「蜻蛉?」
料理人は、首を傾げる船医の方に視線を向けないまま。
「蜻蛉ってのはな…成虫になった途端すぐ死んじまう…はかない虫だ」
「え…じゃあもう死んでるのか?」
「…そうさ。時々雪みてぇにたくさん降って来ることがあんだと。一匹はぐれて死んじまったみてぇだなァ」
船医は複雑そうな目で、地に落ちた蜻蛉を見つめた。静かに蹄でそれを掬い上げる。料理人は、船医のどこか悲しげな背をとらえていて。
「…わり。話すべきじゃなかったな」
「…ううん。ドクトリーヌ言ってた。救えなくても、泣いちゃダメだ。勉強して今度は救うようにすればいいって」
料理人は、そう言いながらも震える背中に気づいていた。だから、
「…天国で、仲間と再会出来るといいな」
「…うん」
船医は少し元気がでたような声を出し、お墓を作りに砂浜の奥へ走って行った。料理人はちらとそちらに目を向け、ため息をつく。
「…もうちょっと休んだら、冷たいデザートでも作ってやるか」
そう思って、瞳を閉じる。ぎらぎら光る太陽が、船医の背中を照らし揺らめかせていた。
――――
蜻蛉。
難しいなぁ。