兄さん誕生日その1
□暁
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周りが寝静まりかえった食堂。流れるテレビにはだいぶ同じ映像や天気予報を繰り返し流す番組が増えてきた。もしくは通販番組か。あぁ、フラフープでダイエットに励むレディも美しいぜ…!だがダイエットは運動だけにして欲しいな、コックとしては。食事抜きで痩せたって、いいことねぇしな。
他は一人除いてみんな寝ちまった。おれはその一人除いたバカを待ってやってる。明日の仕事があるからよ、おれみたいなアパートの食堂のコックみたいにゃできねぇから。まぁ、おれも朝から仕入れあるけどな。
「ふぁ」
思わず欠伸がもれちまった。もう4時30分。正直夜明け前だ。もしかしたらメシを食ってきてるかもしれねぇが、いやむしろそれが普通だよな。だが相手は脳みそがほぼ筋肉なバカなやつだからな。多分――
「…お」
玄関の鍵が鳴った。扉がゆっくりと開いて靴を脱いだりコートを脱いだり忙しそうな音がする。そんで裸足でぺたぺた廊下を歩いて、ゆっくりと扉が開いた。
「…まだ起きてやがったか」
「悪ィかよ」
スーツにネクタイ、青いシャツ。洗濯がかわかねぇだの言うんでウソップと協力して貸したやつを着たマリモ。多分電車がねぇんで歩いて帰ってきたんだろう。寒いだのなんだの言いながらストーブにあたり、つきっぱなしのテレビの時計を見て、おれをじいっと観察する。
「メシ」
「あ?」
「食ってねぇ。食わせろ」
……ほらみろ。いっつもこうだ。
「食わずに仕事すんなって言ったろうが」
「お前の握り飯は食った。だが足りねぇ」
「菓子パン買うとかの脳はねぇのか」
「うるせぇ。給料日前だ」
給料日でも百円くれぇ残ってるもんだろうが。まったく、仕方ねぇ。
「朝飯の腹も残せよ」
「がっつり食っても食える。だから」
四列並んだ長テーブルを見て、扉を見ながら、
「あいつらと、同じメシ食わせろ」
…まったく、こいつは。
「スーツとシャツを汚すな。着替えてこい」
「あー」
ネクタイを緩め、ボタンを外しながら廊下に向かったマリモにため息零しながら、まだあげてねぇ塩から揚げとプチチーズカツを冷蔵庫から出す。さっぱり味がウソップにうけて、大食らいゴムが100個以上平らげたのが、もう昨日の夜。一日一日が、あっという間だ。
「こいつは、10と5でいいだろ」
から揚げ10でカツが5つ。キャベツを千切り、酢の物やサラダはセルフで。あ、みそ汁も。飯はお冷やで勘弁を。最近の炊飯器は保温してくれるが、やっぱ味は炊きたてより落ちちまうから。まぁ、マリモが遅帰りするのが悪い。
「おら」
「ん」
シャツと腹巻き、黒ズボンに着替えたマリモに定食みてぇに盛りつけたおぼんを渡してやる。からっとあがったから揚げやカツは味が染みて美味い筈だ。
「いただきます」
「へいどうぞ」
よほど腹が減ってたんだろう。揚げ立て熱々のから揚げにかぶりつき、溢れ出す肉汁を逃さねぇうちに白飯を口にほうり込む。チーズカツが糸を引くのを啜り、みそ汁を箸で流しながら、頬袋作ってがつがつ。マナー悪ィって思うやつがいるかもしれねぇが、おれは悪ィ気はしねぇな。…マリモといえ、な。
「…お前、寝ねぇのか」
箸を止めたマリモがおれを見た。いまさら聞くか、それ。
「起きとくよ。実際もう起きる時間だ」
「…」
「んだよ。おれァ、こんな性質ってだけだ」
何時でも腹減ってる奴が来るなら、作るんだ。おれァ。深夜だろうが、今みてぇに暁だろうが、なんだって、な。
「だからお門違いなこと考えんなよ」
「…考えてねぇ」
マリモはまた箸を動かして、みそ汁を一口啜った。
「だが、感謝は、してる」
おれは一瞬、マリモが何を言いやがったのかわからなかったし、冗談かと思った。だが、マリモの真顔が見えて、思わず目を反らしちまった。
まったく、こいつらは。人に感謝することだけはバカ正直だ。
「………柄でもねぇ」
おかわりとか呻きやがったから、茶碗をぶん取って白飯をついでやる。手渡しかければ、目が合った。
「…おい」
「あぁ?」
「今度遅くなる時は、お前に弁当を頼む」
茶碗をとって、奴はゆっくりとテーブルにつきなおした。
「お前の主義には、反さねぇはずだ。だから、たまには寝ろ」
…最後まで、偉そうな奴だ。
「…命令すんな」
腹が立ったから冷蔵庫から冷えた缶ビールを取り出して放り投げてやる。
「クソうめぇ弁当二つ持たせてやるから、覚悟しやがれ」
言い放った後、おれはまな板の方を向いて朝メシの準備を始めた。マリモはもう何も言わずにビールを啜っている。呑気な奴。まぁ、そんなあいつに構ってやった、おれもおれだが。
「もう、朝だな」
窓の外からは闇が消えて、少し白い光が入って来はじめていた。
まったくこのアパートは。何時でも飽きねぇな。
<END>
――――
あ、は暁のあ!
兄さんは珍しくもアパートの共同食堂のコック。一味はそれぞれアパートに住んでます。マリモはリーマンです。中間職なので夜が遅いです。