兄さん誕生日2015 3
□心に蓋を
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油断した。考古学者は唇をぐっと噛み締めて堪えるような表情を浮かべた。すると、体中をぎりぎりと縛るような痛みが襲ってきて、ぐらりと意識が揺らいでしまった。
意識を揺らがせながら思い出すのはつい先程のことだった。一味と一緒に未知の島の冒険に行き、興味深い古代遺跡を見つけた。考古学者はすぐにそれに夢中になり、仲間は笑いながら別の所を探すか、考古学者の邪魔にならないように探検すると告げてそれぞれ別れた。考古学者もその気遣いに礼を言いながらも初めての文明に吸い寄せられていった。
布切れがかぶせられた不思議な木のテーブルや少し高めに作られた陶器などを興味深く見つめていると、何か這うような音が遺跡に響いた。振り返った時には遅く、体中を荊が這いずって絡み付き、痛みに悶えている間に全て引きずり込まれてしまった。
「・・・・・・」
考古学者は、助けを呼ぶために静かに能力を使おうとした。だが、植物がそれを察知したのか、鋭い荊が彼女を撫でた。
「・・・・・・ううっ」
苦しげに悶えればさらに喜んで絞めてくる。考古学者はさらに苦しそうな表情を浮かべた。だが、植物が顔の側をも覆っている。直に酸素が足りなくなりそうだ。
だんだん聡明な彼女も酸素が頭に回らなくなると思考力が尽きてきた。
全てを投げ出すしかないのかもしれない。
仲間は、自分がいないことに気づけば血眼になって探してくれるだろう。でも、自分のように彼らも絡まれてしまったら?荊に埋もれ痛みに蝕まれてしまったら?・・・・・・いけない。あの優しい仲間たちをこんな苦しいことに巻き込んではいけない。
なら、かもしれないではなく、それしかない。
考古学者は、諦めたように体の力を抜いた、荊がさらに彼女の体を裂くが、もう呻かなかった。酸素が尽きて、思考ができなくなっていく。
「・・・・・・ロビンちゃん!?」
「ここか」
だが、そんなマイナス思考を遮るような声。考古学者は、はっと我に返った。料理人と剣士の声だ。いや、それよりも。
「に・・・・・・!!」
口を植物に塞がれた。声が出ない。
「逃げねぇよ!ロビンちゃん!」
「余計な心配すんな、アホ」
「ロビンちゃんをアホ呼ばわりすんな!」
「うるせぇなてめぇは!」
相変わらずの二人に彼女は唖然とする。わかっていた筈なのに。
「おれは」
「刀」
「足」
「使わねぇからな!!」
まさか、と考古学者は顔を青ざめさせた。自分が傷つくのを懸念して、荊に素手で立ち向かうのか。バカな、そんな。
だが、考古学者は気づいた。植物が苦しそうに動いていること。ぶちぶちと奇妙な音が轟いて、光がだんだん近づいてきていることに。
「いたっ!!」
嬉しそうな声。割けた黒スーツの腕が彼女の体を持ち上げる。だが、荊がまた仲間の腕を襲う。黒スーツにぐるりと巻き付いたそれは、めきめきと奇妙な音を立てながら腕を絞めた。
「・・・・・・うっとお」
だが、腕は考古学者を離さない。抗うように彼女を持ち上げる。みしみし、べきべき。荊がそんな妙な音をたて続ける。それでも腕は彼女を抱えたまま、光の方へと引きずり出していく。
「しい!!」
最後の一息と言うように、料理人の腕は、荊を食い破った。ぶちぶち、と荊の破片が地にこぼれ、考古学者は、光の中へ完全に戻ってきた。
「だいじょうぶ?」
料理人は息を荒げながら考古学者に笑いかけた。だが、まだしゅるしゅると響く音。考古学者ははっと叫んだ。
「サン・・・・・・」
「だいじょうぶ」
料理人は一言言った。途端、一太刀。彼の背に迫った荊はばらばらと粉々になって床に舞った。
「使わねぇんじゃなかったのか」
「ロビンを探す、時はな」
「・・・・・・けっ」
料理人は、考古学者を抱えたまま歩きだした。ちら、と剣士を見やれば彼は刀を鞘におさめているところだった。しかし、考古学者が気になったのはそこではない。
「腕・・・・・・!!」
料理人の腕は紅に染まっていた。剣士も同様だった。締め付けられたような跡がくっきりとシャツやら着物やらを割くように残り、ぽたぽたと血が地に流れては落ちていく。
「え、あぁこれ?」
「たいしたことねぇ」
「どこが――」
考古学者は思わず声を荒げたが、ものともしないように料理人は笑顔を浮かべ、剣士は呆れた顔をしていた。
「こんなのロビンちゃんのに比べたらたいしたことねぇよ」
「わかったら寝てろ」
考古学者は唖然としたが、素直に小さくうなずいた。料理人が剣士に目配せしてゆっくりと彼女を運んでいく。考古学者は落ち着いた気持ちになり、瞳を閉じた。