2015年兄さん誕1
□大聖堂の主
1ページ/1ページ
『おにいちゃん、みーつけた』
『あ?』
見覚えのない少女が、海岸沿いを歩く料理人に笑いかけた。何かのゲームか。そんなことを考えながら、買い出し中の料理人は足を止める。
『どうした、こんなところで。海賊にさらわれるぞ』
『さがしてたの。おにいちゃんを、ずうっと』
少女は屈託のない笑みを浮かべてそう言った。料理人は瞬きする。
『おいおい、おれは』
『そろそろ、かえらなきゃ。お兄ちゃん、具合悪いんだから』
『だから、人の話を……!!?』
料理人は、はっと息を呑んだ。少女の右手が、びきびきと彼の腕に食い込んでいる。そして、左腕には、白いハンカチを持っていた。
『ぜったい、はなさない』
少女は、奇妙に微笑んでいた。白いハンカチが、唖然としきった彼の腕に伸びる。女に攻撃ができない彼は、それをかわしたが、強く腕は握りしめられたまま。
『おやすみ』
布の感触が、彼の口を包み、意識が一気に揺らいだ。揺れる視界の中見たのは、少女の恍惚とした、笑みだけだった。
――
「……?」
「……」
「だい、じょ……か?」
薄っすらと耳に声が入ってくる。重い瞼を持ち上げれば、ぐらぐら揺れる肌色と一緒に誰かの気配を感じた。またあの少女か。今度は何をされるのだろう。だが、体は相変わらず布団に吸いつけられたように脱力し、頭は熱くて重いままだった。
「わかって……のか」
心配そうな声。ぴと、と額に手が当たるのがわかる。ひんやりと心地いい。その感覚に思わず安堵していると、その手が頬に流れ顔を叩いてきた。
「サンジ、おれ……だ」
その声が、聞き覚えのある声だとわかったのはその時だった。ん、と小さくうめき声を漏らして、瞼をこじ開けて確認する。手で自分を叩いているらしい麦わら帽子と、ぜぃぜぃ息を吐き出して船長を追ってきたらしい長っ鼻。それだけわかると、視界がまたふうっと閉じてしまった。だが、意識はまだ残っていて、少しだけはっきりした。だからか、頭の中に残る記憶を言おうと口が動いた。状況や自身の体調よりも先に、あの少女の姿が浮かんだ。
「にげ、ろ」
それだけ呻くと、喉がふさがったかのように苦しくなった。少し、せき込んでしまう。すると、強い力で体を抱えられたのが分かった。来る時と同じ抱えられ方。でも、力強く、気遣ったようなものだった。
「心配すんな、休んでろ」
船長の声がした。優しい声だった。彼の体は背に回され、負われる。ゆっくりと彼が歩き始めたのがわかった。また額に手が当たるのがわかる。狙撃手だろう。
「サササンジィ、大丈夫か。すんげぇ熱いぞ。すぐチョッパーんとこ連れてってやるからな」
心配そうに彼は額をおさえたまま船長の隣を歩いていた。心配性、と笑ってやりたかったが、気力がなかった。少しずつ少しずつ、入口の風の音が聞こえる。
「!」
船長は、ぴたと足を止めたのがわかる。狙撃手がひぃっと息をのんだのも。
「どこに、連れてくの」
不気味な声だった。耳に残るような、つんざくような、低い声。
「私の、お兄ちゃんを」
だが、これはあの少女の声だ。料理人にはそれがわかった。だが、背に回された手が大丈夫だと料理人をおさえてくる。
「船だ」
短く言って船長の体はまた歩みを始めた。歯ぎしりの音一つ。そして、何かを引きずる音がした。
「そうよね、前もそうやって。連れて行って、めちゃくちゃにしたの」
「ウソップ」
「なにも!!!!かも!!!」
ぶん、と空気を切る音。狙撃手の名を呼んだ船長が体をしゃがませたのがわかった。そうだ、あの少女の力の強さは異常だった。まるで、地に引きずり込んでくるようなそんな力。
「かえして!!!かえして!!かえして!!」
「いやだ!!!!」
船長は叫んだ。ぶん、と響いた何かの音は、ばふりという音で止まった。
「そそそそういうの、おれ向きじゃねぇと思うんだルフィ」
「え……」
「いんや、お前向きだ!!」
狙撃手が、衝撃貝で彼女の攻撃をおさえたらしい。少女の動きはないし、狙撃手の震えた声から料理人はそう判断した。船長はありがとう、と呻いて、ゆっくりと少女に近づく。
「こいつは、サンジだ!!お前の兄ちゃんじゃねぇし、返さねえ!!!」
「サンジ!!?」
「そうだっ!!おれの仲間だっ!!」
船長はほら、と少女に料理人を見せた。料理人は意識を振り絞って、口を動かす。
「わるかったな、兄ちゃんじゃなくて……っ」
料理人はせき込んだ。狙撃手が心配そうに彼の背中をさする。船長は彼をおぶりなおした。
「わかったら、勘違いで勝手に仲間つれてくなっ!!」
「違うわ!!!」
だが、少女は認めなかった。金切り声をあげながら、船長に反論する。
「ロジエにいちゃんだもん!!!病気でさらわれてっちゃったんだもん!!!」
「お前が違うんだ!!!」
「ちがわないもん!!!だから、私がみつけておくすりのますの!!!!かえしてよ!!」
少女は認めないままだった。船長がむっとなり、何か動きを見せようとした。
「ロジエ兄ちゃんもあなたも、2年前に死んでるわよ」
レディの声が、金切声を遮った。ロビンちゃん、と口だけやっと動いた。
「しん、だ?」
「そう。死んでるのよ。あなたもね」
唖然とする少女に考古学者は静かに言った。
「むかしむかし、100年前くらいのこと。病気がちの金髪の兄とそれを看病する両親と妹が大聖堂に住んでいました」
「やめて」
少女が耳をふさぐ動きをしたのがなんとなく料理人にはわかった。
「兄は病気のせいかよく徘徊して、両親は眠り薬のハンカチをいつも携帯していました」
「やめてよ……!!!」
首を振りながら、拒絶するのも。
「ですが、看病の末、兄はなくなってしまい」
「やめてぇぇぇ!!!!!」
悲鳴をあげながら、それでも、手が出せず、考古学者の声を遮るのも。
「両親は悲しみのあまり、想いでの残る聖堂から妹をつれて町に住みましたが、幼い妹は、ずうっと兄が死んだことを最期まで信じないままでした」
考古学者は、静かな顔で言いきった。少女は、涙をぼろぼろこぼしながら首を振る。
「そんな話があったから、なかなか帰ってこないサンジの場所がここだってわかったの」
「そんでルフィが方向もわかんねぇのに飛んで行って、おれは頑張って追っかけたんだ」
料理人は、なんとか納得した。船長がこくりと頷いて、料理人の頭を叩いた。
「お前の兄ちゃんはここにはいねぇ。こいつは、サンジだからな」
少女はゆっくりと顔をあげた。先ほどの様子とは少し異なっていた。
「でも、空の島より上の方にいるんだ!!!」
「え……」
少女は船長の言葉に息を呑んだ。船長は胸を張った。
「お前は、そこに行けるんだから追っかけろ。兄ちゃんが、大切なんだろ!!」
料理人は、彼の言葉がどこか前の船長に重なった気がした。少女は泣きながらこくんとうなずく。
「うん……」
「じゃあ、いけ!!今度はまちがえるなっ!!」
「……わかった!」
それと、ごめんなさい。付け加えるようにそれだけ言って、少女は消えた。船長はししし、と笑って、料理人の方を見る。
「帰るぞ!!サンジ!!」
自分がとんだとばっちりに巻き込まれた気がしたが、料理人はふっと笑った。体は相変わらずしんどかったが、少し、楽になった気がした。
――
兄さんの色気ry