2015年兄さん誕1

□ほんの少しの寂しさ
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とんとん、包丁かひたすら動く。キャベツを刻む音が響く。料理人がいつものように仕込みをしているところだ。だが、いつもの顔つきと今日の顔つきは違っていた。どこか、物憂げで何かを耐えるような顔つきだ。


「いいぞいいぞ〜!」


「ルフィ、パース!」


一味がはしゃぐ声が甲板から聞こえた。だが、彼はそれを耳にいれようとせずにキャベツを刻み続ける。いつもの、様子。いつもの、状況。だが、妙に心がつきんと響く。もやっとした感情が頭を包んでいく。


「……」


だが、相変わらず構わずにキャベツを刻み終えた。今日は餃子だからと塩をして、水を抜く。一作業終えても気分は晴れない。料理人はふうと一息ついた。手を洗い、ソファーに向かう。もやっとした感情は全身を包んで倦怠感に変わっていた。料理人は忘れるようにばふりとベッドに横になり、瞳を閉じた。


「これが、麦わらの船、か」


途端、声が響いた。裏甲板の方だ。敵襲だろうか、だが、外から船医が変わらずはしゃぐ声が聞こえた。気づいてない。そうわかった料理人は体を起こし、裏甲板の方へ向かう。


「誰だ」


料理人は扉を勢いよく開けた。だが、外には誰もいなかった。幻聴か、疲れているなときびすを返したが、ぴくりと見聞色の覇気が反応した。


「!」


放たれた銃弾をすんでのところでかわした。舌打ちが海から聞こえてくる。


「まてこらぁ!」


料理人は上着を脱いで飛び込んだ。水音が響く。どうやら魚人の賞金稼ぎらしい。飛び込んだ瞬間、こちらに拳を放ってきた。だが、料理人は2年で鍛えられているのだ。静かに足を燃やし、魚人を蹴り飛ばした。


(……ふぅ)


料理人は息を小さく吐き出した。少しだけ気分は晴れたが、感情は疲れと頭痛に変わっていた。魚人は悲鳴をあげて沈んでいくが、まだ意識があるらしい。持ち直して、銃を構えた。料理人は応戦しようと足を構えた。


「ぎゃあああ!!」


突然、魚人がさけんだ。料理人も、ハッと気づく。海底にある、妙な気配。やばいと思い海を駆け出した。魚人は待て、と叫んだが、途端にそれが悲鳴に変わる。頭の中で巨大なタコらしい触手が浮かんだ。


(……っ!?)


途端に、頭がずきりと痛み視界が揺れた。足が止まる。くるり、と体が一重に縛られるのがわかった。体が、固まっていく。何故か痛みはなかったが体が動かない。ふぅっと瞳を閉じた。


―――


「……ん」


意識が飛んでいたらしい。料理人は瞳を開けた。体が、ベッドに布団つきで寝かされている。


「ここ、は」


小さな部屋だった。窓が一つで、ドアも一つ。窓からは海が見えるということは、どうやらここは海の底らしい。ベッドが四つあり、魚人も、そのうちの一つに寝かされている。辺りには医療道具と、モニターがひとつあった。モニターはブラックアウトした画面を映し出していた。


「まだ寝てなさい」


「え……」


「ここは、深海の病院。あんたは、ドヘ頭痛っていう病気にかかってる」


料理人は瞬きした。冷たい手が降ってくる。どうやら、別の魚人の男の手だった。賞金稼ぎの魚人をヒラメだとすると、ドクターフィッシュのようだ。そのまんまの、例えだが。


「まだ聞きたいことがある?」


「おれ、タコにさらわれたよな」


「あぁ、あれは患者を見付けると捕まえるように訓練してある。結構偉大なる航路にはいるからね」


窓からはタコがこんにちはと覗き込んでいた。だが料理人は、まだわからないと言う様子だ。


「なんで、んなとこに」


「深海の方が安全だから。ってまだ聞きたいことないの?ドヘ頭痛がなにとか、自分がいつから病気かとか」


魚人の医者は料理人が自分に関心を持たないのにいぶかしがっていた。だが、料理人は別のことに気がついた。まてまて、ここが深海だと言うことは。


「船は!!?」


「だから寝てなさいって。病気なんだから」


魚人は慌てて起き上がった料理人を落ち着かせるように言った。ずきり、と彼を頭痛が襲ったがそんなことを言っている場合ではない。


「おれ、作りかけの料理が。いや、違う」


頭の中で響く昼間の楽しそうな声。まさか、気づかないまま。


「置いて、いかれちまったのか……」


「やっぱり、ドヘ頭痛だ」


魚人の医者はため息混じりに言った。俯く料理人の額を叩きながら、


「この頭痛は、人の気を落とす頭痛。かかった人間はいつもとなにも変わらないことですら、孤独に感じてしまうんだ」


「……置いていかれたのは、事実だろ」


料理人は静かに言った。これから、彼らは新しい仲間を見つけて船旅をするのだろう。そんな思考が勝手に頭に流れ込んでくる。心臓がばくばくとなり、頭痛が酷くなったのがわかった。


「とんでもない」


「え」


魚人の医者はため息をついた。先程のモニターにかちりとスイッチを入れる。


「見て。これ、今の様子」


「サンジんとこにつれてけ!!!」


今にも海に飛び込みそうな船長を船大工が必死に止めている。彼らの目の前には電伝虫を持った魚人のナースがいるらしく、困惑した声で落ち着いて、と宥めている。


「落ち着けよルフィ!!サンジは病気で医者にいるんだろ!この手紙が言うには」


「嫌だ!落ち着けねぇ!!」


「なんで!」


「サンジは寂しくなる病気なんだろ!だったらおれたちが置いてったって勘違いする!!だから、おれたちがついてやらなきゃダメだ!!」


「……!」


料理人は驚いた。船長が、自分の考えを完全に読んでいるなんて。医者がフッと笑った。


「寝る気に、なった?彼らが迎えにくるまで」


「……あぁ」


料理人は頷いて、ベッドに横になった。医者が布団をかける。おやすみ、と呟いた途端、大きな声が響いた。


「サンジ!迎えに行くから待ってろ!!」


「……わかった」


料理人は静かに瞳を閉じた。もう、頭痛と寂しさは消えていた。


――
寂しくなった兄さん。

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