2015年兄さん誕1

□品のいい嘲笑
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その人は、料理人の料理を嘲った。
見た目は、品のいい美人だった。それこそ、彼がメロリンしてしまうような。だから、注文を受けた彼は、気合いを入れて注文の品を作った。いつも通り、美味しく。
だが、女性は、口に一口運んで、こう言ったのだ。バカにするように、薄ら笑いを浮かべて。


「こんな美味しくないもの、初めて食べたわ。本当に、ここの一番の料理?」


その彼女に料理を出したのは19の時だ。他のコックの料理は、何故か絶賛されていた。料理人は、何故か理由は分からなかった。味見をしても、文句はない出来だった。他のコックは威張っていたが、ゼフだけは何故か、渋い顔のままだった。こうひっそりと、呟いて。


「素直じゃねぇ、女だな」


なぜ、ゼフがそう呟いたのか、理由はあった気がする。だが、ダメだ。最初の台詞が衝撃的すぎて、思い出せない。

―――


「・・・・・・ん」


「サァンジっ」


気づけば料理人はキッチンのソファーの上だった。毛布がかかっている。いつの間にか、昼寝をしていたようだ。そして、覗き込むように船長の顔が見えた。


「お前が、かけたのか」


「うん!ウソップが渡してくれた!」


「そうか、悪いな」


料理人は、眠気眼を擦りながら欠伸をひとつした。船長は、それをじっとみやる。


「腹でも減ったのか。んなに見つめて」


「減った!」


「そうか、じゃあなんか作って」


――こんな美味しくないもの、初めて食べたわ。


頭の中に嘲笑が浮かんだ。料理人は、う、と頭を押さえる。夢の内容が頭に浮かぶなんて疲れているのか。心の中でぼやく。


「サンジ?」


「あー、わり。なんかまだ寝ぼけてんだ」


「やな夢、見てたのか?」


船長がストレートに聞いてきた。や、そんなわけじゃと誤魔化そうとするが、船長はずいっと迫ってくる。


「サンジ寝ながらぶつぶつ言ってたぞ」


「……聞いてたのか」


「あんなに言われたら気になるに決まってんだろ!」


船長はむすっとしていった。料理人はまいったな、と呻きながら悩む。他人の夢の話はつまらないと言うが、話さないと船長は納得しないだろう。


「あ」


途端、彼の頭の中にある考えが浮かんだ。船長をちら、と見て頷き、キッチンに歩み寄る。船長は、逆によくわからないと首をかしげていた。


「サンジ?」


「そこまで、言うなら」


キッチンに立ち、包丁を握りながら、料理人は船長の方を向いた。


「ちっと、手伝ってくれ。船長」


船長は、彼の表情を見て、嬉しそうに頷いた。


「まかせろっ」

―――


「食って、うまいかまずいか言え」


料理人は、船長の前に一皿置いた。それは、海鮮たっぷりのペスカトーレ。あの女性が注文したものと同じ品だった。作り方もいじっていない。腕がよくなった今でも、激しくは変わらないだろう。


「そんだけでいいのか?」


「あぁ。それで、すっきりする」


船長は料理人が真実を言っているとわかったらしい。だから、ニッと笑っていただきます、と元気よくいい、フォークでパスタをぐるぐる巻いて口に入れた。相変わらず品のない豪快な食べ方。あの女性とは大違いだ。


「どうだ」


「うべぇぼ」


船長は即答してずるずるとパスタをすすった。添えてあったムール貝をしゃぶりあげ、海老をかわごとばりばり。お世辞ではないらしい。いや、船長がお世辞を言うなんて考えられないけども。


「だよなぁ」


「これ、まずいって言ったやつがいたのか?」


船長は口回りをソースだらけにしながら言った。料理人は、ため息混じりにタオルを口に押し付けながら、


「あー。とびっきり美人だった。嘲笑されたがな、わかるか?ちょうしょう」


「ちょうしょく?」


「ちがう。バカにして笑うことだ」


とれた、と真っ赤にしたタオルを外して料理人は嘆息した。船長は、ふーんと皿のソースを舐めとるようにして、


「そいつ、素直じゃねぇなー」


「あ?」


料理人は瞬きする。船長が発した言葉が、ゼフが発した言葉と同じだったからだ。だってそうだろ、ごちそうさまのあとそう付け足した船長は料理人を見てむうっとする。


「だって、サンジの料理こぉんなにうめぇのに、まずいって言ったんだろ!だから、素直じゃねぇ!」


「や、そのレディの口には合わなかったかも」


「そんなことあるわけねぇ!」


「んな怒るなって」


自分のことのように怒る船長を彼は宥めながらも少し嬉しかった。それでも、と残る疑問を付け足すように言う。


「まぁ、他の奴等のは美味かったみてぇだぜ」


料理人は、付け足すように言った。すると船長は相変わらずむすっとしたまま、


「……やっぱり素直じゃねぇ!」


「どして」


「だって、サンジの料理一番美味かったから不味いなんて言ったんだ!」


「なんで」


「知らん!でも、そうだ!」


根拠もないのにそう言い張る船長に、料理人は小さく笑った。彼は慰めているわけではない。ただ、自身の結論に強く自信を持っていて、かつ料理人の料理に何故か自信満々なのだ、と。


「じゃあ、そうだな」


「おうっ」


二人は納得したように笑いあって、皿洗いと釣りに戻った。


数日後、彼が新聞を見て、あの女性がライバル店のプライド高き女性だったと知ったのはまた別のお話。


――
東の海の頃かな。
 

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