2015年兄さん誕1
□薔薇窓
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『薔薇窓』
料理人は、なぜこんな状況になったのか記憶があまりなかった。ただ、誰かのために行動した結果、こうなったような。ダメだ、頭が働かない。
彼は、誰かに抱えられていた。誰かを見る前にぐらりと頭を揺らされ、乱暴にどこかのベッドの上に横たえられる。家だろうか。だが、一般家庭に似つかわしくない薔薇のステンドグラスがはまった窓が視界に映る。じっくり観察しようとしたが、体が動かない。痛みでではない。何か嗅がされたようだ。意識がぼんやりぼやけてしまっている。
「気がついた?お兄ちゃん」
甘ったるい声がした。気づけば、黒髪に赤いリボンの少女が体に乗っていた。意識を失う前に見覚えがあるような少女だ。彼女が揺れる度、ずしりと体に重みが増す。
「ダメじゃない。チエを置いていっちゃ」
チエ。誰だ。そんな名の少女を彼は知らなかった。いや、待て。
『おにいちゃん、みーつけた』
頭の中で、同じ声が再生された。何かヤバイ予感がする。口を開き、手を無理に動かそうとした。
「……う……?」
「ダメよ。またどこかへいっちゃうんでしょ。そんなの許さない」
ハンカチを口元に押し付けられれば、甘い匂いがして意識が揺らいだ。動かしかけた手がするっとベッドで跳ねて体が沈み込む。うっすらしか開かない瞳の中で少女は満足げに笑っていた。
「ロジエお兄ちゃんは、ずうっとここにいるのよ。私が、看病してあげるんだから」
ロジエ。また知らない単語。いや、人違いだ。だが、声は出ない。コップを少女が取り出した。よくわからないエメラルドグリーンの液体に満ちている。それはゆっくりと口元に運ばれていた。
「……なん…だ…」
弱った声がやっと出たが抵抗できない。口元に、かちんとガラスが当たった。生ぬるい液体が流し込まれて動かない口元から線になって溢れていく。吐き出そうとすれば、
「ダメよ。お薬飲まないと治らないわ」
お薬、という言葉に嫌な予感がしたが、考えていられなかった。水を流し込まれて、先ほどのハンカチで口をぎゅうっと押さえられる。いつもなら弾き返せるのに、体は動かずされるがまま。舌が苦味を帯び液体が強引に喉を通っていくのがわかる。
「よくできました」
少女が嬉しそうにハンカチを外し、体から降りた。チャンスだ、と体を起こそうとしたが自身の頭が力なく横たわる。力が一方的に抜けていく。息が苦しい。一体何の薬だ。ただでさえあかない瞳を閉じてしまった。口を塞ぎたい。だが、体が動かない。自身の息がぜいぜいと漏れていく。薬が体に染みていくのがわかった。喉が焼けつくように痛い。
「おやすみ、ロジエ兄ちゃん」
体に布団がかけられた。足音が遠ざかるが構ってられず、彼は瞳を閉じたまま苦しげに喘いだ。体が熱いし弛緩する。苦しみを忘れるように、意識が遠退いていく。布団が奇妙に心地よく感じた。
「……」
そのまま吸い付くように、彼は眠ってしまった。薔薇に囲まれた聖母が、不気味に微笑んでいた。
――――
大聖堂の主に続きます。