2015年兄さん誕1
□優雅な昼下がり
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『優雅な昼下がり』
「……」
サニー号のキッチンにて。トレーニング後で水を飲んで一息ついた剣士は、じぃっとテーブルの上のものを見つめていた。白い、金属でできた棚。その中には空っぽのトレイが三段重ねになっている。生まれて21年。初めて見るものだ。思わず掴んで、ぐるぐると見渡す。軽い。ダンベルには不向きだ。あまり振り回しすぎると中のトレイが落ちてしまいそうだ。中のトレイには何を入れるのだろうか。キッチンに置いてあるなら食べ物だろうか――
「あー!!」
甲高い声が剣士の耳を通り抜けたかと思ったら、すばやく料理人が手の中のものを取り上げていた。ぐるぐる見渡してほうと息をつく。
「あのなクソ剣……」
「そういうもんなのか」
「あ?」
聞き返されたので、剣士は先ほどの棚を指さした。
「棚じゃなくて、覗くもんなのか」
「んなわけねぇだろ!!」
料理人はツッコんできた。ならばなぜ覗いたりしたのか。そう返そうと思ったが、どうやら鉄部分を愛おしそうに触っているところを見ると、先ほどは傷がないかどうか確かめたらしい。
「これはな、アフタヌーンティーのためのもんだ」
「茶か」
「美しさのねぇ言い方すんな。ちなみに、こいつはティースタンドっつって、一緒に使うんだ」
料理人が呆れたようにそっとティースタンドと呼ばれる例の棚をテーブルの中心に戻した。剣士はじぃっとやはり興味深そうにそれを見る。剣士も見慣れないものを見ると、やはり好奇心にそそられてしまうのだ。
「飲むか」
「飲む」
茶なら飲む、と剣士は頷いた。料理人はため息交じりにティーセットを出しながら、ちらと冷蔵庫を見る。
「腹は」
「食える」
一時間半前に、船番用カレーうどんセットをいただいたばかりだが、トレーニングをしたためか小腹がすいていた。料理人は頷く。
「仕方ねぇな。それ、食わねぇと使えねぇし」
「食い物置くのか」
「あー。特別だぜ、クソマリモ。感謝しろ」
「ドウモ」
「あぁ!?」
ケンカ腰ながらも小さなテーブルを取り出して、ソファーの前に置いた。そして、ティースタンドを置く。
「こっちは使わねぇのか」
「とりにくいだろタコ頭」
「鳥頭に言われたくねぇ」
「んだと!?コラァ!!」
いちいち聞くたびに小競り合いやらケンカが始まるのはお約束だ。ぎゃーぎゃーと足やら手やらを出しながらも、料理人がキッチンに入ればそれは収まった。料理人は冷蔵庫やらオーブンやらを開けていろいろと食べ物を取り出す。サンドウィッチ、丸い……焼き立ての茶菓子と貝のような茶菓子だ。剣士は頷きながら下から見ていった。
「サンドウィッチとスコーンとマドレーヌだ」
下から順にサンドウィッチ、スコーン、マドレーヌと棚に置きながら、料理人の説明が飛んだ。どうやら、知らないと高を括られているらしい。失礼な奴だ、剣士はむすりと表情を歪めた。
「基本の順番あるけど、好きに食え」
料理人は紅茶を注ぐと、テーブルに置いた。剣士はソファーに腰かけながら、料理人が同じようにソファーに座るのを確認して聞き返す。
「順番?」
「普通はサンドウィッチ、スコーン、お菓子の順だ。普通、食事から先にとるだろ、それと一緒」
「へぇ」
剣士はそういいながらもサンドウィッチを手に取った。きゅうりのシンプルなサンド。舌がさっぱりする。味わっている間に、料理人がジャムやらクリームやらを取り出してきて置いたのが見えた。ぎょっとする。こんなきゅうりのサンドにそれを塗るのか、と。だが、それは見透かされていたように呆れの表情で返された。
「スコーン用だ」
「甘いのか」
「甘すぎることはねぇよ」
料理人もひょいとサンドウィッチをつまんだ。ゆっくり味わって、紅茶を一口。いつも剣士の前ではケンカか料理ばかりしているものだから、こんなにゆっくりしているのを見るのは珍しい。
「なんだよ」
サンドウィッチをもう一つつまみながらじろじろ見ていたら、サンドウィッチを飲み込んだ料理人が聞き返してきた。剣士は、ちらっとティースタンドを見た。
「どうせなら、握り飯、まんじゅう、桜餅がいい」
「アフタヌーンティーとは別もんだな、そりゃ」
「いけねぇのか」
「いや、緑茶にしたら、ありなんじゃねぇか」
今度は割ったスコーンにお手製ジャムをつけてかじりながら、料理人はからからと笑った。剣士も真似するようにスコーンを割って、クリームをつけてかじる。さくさくの生地。でも、クリームがぱさぱさ感をおさえていて、絶妙なおいしさだった。しかも甘すぎない。これは、一番上のマドレーヌとやらも期待が持てそうだ。いや、料理人の料理に不満を持ったことはないけれども。
「今度作ってやろうか」
「作れ」
「えらそうに」
そんな悪態混じりに、でも、楽しげに。彼らの珍しい優雅な午後は過ぎていくのであった。
――
剣士がスーツだったら、どっかの商談になりそうな光景。