兄さん誕生日その3
□いつかどこかで
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「あのぉ…歳でボケてたら悪いのですが」
「ん?」
「いつかどこかで、料理を振る舞ってくれませんでしたか?」
買い出しの帰り。料理人は、腰が曲がった一人の老婆に呼び止められた。皺くちゃのしわ、白髪、背格好、杖、服装。すべてを見渡して、膝を折って話し掛ける。
「んー、ばあさん。もしかして東の海に行ったことあるかい?」
「5年前イーストブルーに住んでました」
「ならさ、そこにバラティエっていう船上レストランがあってよ。おれ、そこで働いてたんだ。でもいつ…あっ」
料理人は手の平をぽんと叩いて顔を明るくした。
「ばあさん、もしかして。買い出しの途中で会ってバラティエまでおぶってってから常連になったティアナばあさん?」
「そう!足を怪我したところを助けてもらった上に料理をごちそうになって」
「確かサーモンのムニエル、レモンバターソース?」
「やわらかぁいパンと一緒に」
老婆と声を合わせて言った後、料理人はにっこりと笑った。
「うわぁ、懐かしい。また会えて嬉しいなァ。どうして偉大なる海に?」
「孫が生まれて引っ越しがあって…歳がいくとダメですね。おいしい料理を作ってくれていた人の顔を忘れてしまうなんて」
「いやいや。おいしい料理だけでも覚えててくれてておれァ満足だよ」
料理人がニッと笑い、買い物袋をちらっと見た。サーモンにレモンにバター。老婆の方に笑顔を向ける。
「よろしければ、これからご馳走しますが?」
「本当ですか!?孫に是非一度あなたの料理を…!」
「ばあさん家のキッチンを借りてもいいかい?うちのは、あー、ちょっとな」
「もちろんですとも。お願いします」
「…よし、じゃあ案内頼む」
「はい」
老婆の足取りに合わせながら、料理人はゆったりと煉瓦造りの道を歩いて老婆の家に向かった。
「それで、あなたは何故偉大なる航路に?」
「え、と、夢を叶えに?」
「…まぁ、ステキ」
茶目っ気を込めて笑った老婆に、料理人は困ったように頭をかいた。
―――
いつかどこかで。
おばあちゃんと兄さんの組み合わせのかわいさ。何故だろう、かわいい。