寂然抄
□参:消えゆく
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あれから、成瀬の姿は見ていない
訳は考えればわかるだろうから
俺は今日も気持ちが悪い晴天を呆けた目で見上げた
思えばいつの間にかほとんど毎日、成瀬と此処で会うようになっていた
あまり人を寄せ付けない自分を思えばそれは驚くべき事なのだろうが、不思議と成瀬ならおかしく思わなかった
成瀬にとって多分、俺は特別で
多分俺にとっても成瀬は特別だから
なんとなく精神的に近いものを感じて、それを手繰り寄せるように側に寄っては全て知る恐れを覚え、遠く離れた
いつか成瀬はぼやくように俺に言った
俺、麻琴に思うことが2つあるんだ。
何だよ、といかにもな不機嫌さを醸し出しながら聞いた俺に成瀬は答えた
「一つ、生意気すぎて気に入らない。」
同感。俺は言った
「二つ、会えて良かった。」
そっか。俺は言った
素っ気ない俺の言葉にも成瀬は楽しそうに笑っていたから、
俺はそれ以上何も言わなかった
「麻琴、」
懐かしい会話を思い出していた俺を、不意に聞き慣れた声が呼んだ
誰かは直ぐにわかったから振り返らずに居ると
自分より高い影が自分の隣で同じようにフェンスに
寄りかかった
たった2週間程度会っていなかっただけなのに、甘ったるい香りが懐かしく感じる
成瀬は俺と同じ様に青空を見つめ、
俺とは違う浅い息を、空気に出した
見えない感情を全て煮詰めて固め、無理に押し込んだ、そんな感覚が俺にはわからなかった
「吐きそうだよな、こんな景色、」
だからさ、と成瀬は俺を見つめて微笑んだ
「このまま試しに消えてみようか、二人でさ。」
そんなこと、このお人好しには出来ないと解っていたからこそ、
俺は珍しく微笑み返した
俺達に永遠などない、
それは一年前も今も変わっていない、ただそれだけの事なのだ
その現実に成瀬は薄々と、俺ははっきりと気付き
重く広がる沈黙に目を閉じて、
そこに青が無いことを願いながらゆっくりと瞼を上げた