寂然抄

□弐:死にたがり
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そこに居たのは、あまりにも覇気の無い少年だった。


進路をまだ決めかねていて、周りに何かと言われ続けていた二年の2月
午前中だけの授業が終わった屋上で高過ぎる空を見上げ、何をする訳でもなく俺はただ、黄昏ていた

小学校の美術の授業中に
鉛筆と水彩絵の具で描いたようなはっきりとした青い空は、
俺の視界でだだっ広くスケッチブックを広げる
まるで水の底に沈み、中から水面を見上げている様だと
精神的に枯れかけた俺は何処か遠く思った

このまま沈んでしまいたい、
このまま、水に溶けてしまいたい、
そうして洗い流されて、
綺麗な物しか残らない場所で身体を広げ
地上という狭苦しい場所から眠るように消えてしまえたらいい

夢物語の様な空想に馳せた想いは自分で思っていた以上に強く、気づけば両手は空を仰ぎ、
長い息を、吐き出した。

カチャリ、
錆びた鉄の擦れる音が聞こえたのはそんな時だ
そこに居るのは不良か、カップルかどちらかなのだろうと思いながらドアが開く音に目線だけを向けてみて

思わず、ズクンと、喉の奥に鉛を押し込んだ。

内心俺は、嬉しかったんだと思う。だから俺はいつもなら無視するような所で、
同じ学
校の生徒とは思えない立ち姿にありのままの意見を言ってみると、
目が合った少年は溜め息をつき、
屋上から立ち去ってしまった

その行動は更に俺の好奇心を誘い、俺は頻繁に二年の廊下と屋上に足を運んでいた

その男子生徒は一年下の、早川麻琴
女みたいな名前は馬鹿にしたくもなったが、あまりの違和感の無さにそんな気持ちは直ぐ失せた

とにかく話をしてみたくて、
名前もわからない感情に触れたくて、
その深い漆黒の瞳の内側を覗いてみたくて、
俺は何度も麻琴を見つけては話しかけた

何度も一方的にも思える会話を繰り返し
いつしか、俺は麻琴を後ろから抱き締める事が好きになった
麻琴も、不機嫌で生意気な口をきいているものの
一度もその腕を振り払わなかったのは、
きっとお互い口に出さずともわかっていたからだ

この人は、どこまでも俺に近くて、
永遠とも呼べる様な距離が自分とその人の間にはある
ずっと誰よりも何よりも近くに居たい筈なのに、
触れるくらい側に居ると、果てしない虚無感に
喉の奥が締め付けられる

誰よりも近いこの人の
心が誰よりも遠すぎる、

声に出せない秘めた思いは、
そう寂しがっているに違いないのだ

あの日突然に麻琴は言った


成瀬、俺知ってるよ。


俺は麻琴の声を聞くのが嬉しくて
何、と問い返した俺に躊躇いの無い言葉が答える


あんたが死にたがってること。



その言葉に、
なにも返せなかった自分が、
この世で一番嫌いな物だ

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