短編
□澄みきっていた
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キャラバンに吹雪くんが入って少し経った頃。
最初に会った時の彼の印象と最近の印象は、私の中で大分変わったと思う。
彼は、試合になると時々まるで別人のように性格が変わる。皆は、試合の時は熱い奴だと思ってるみたいだが、最近私は違うように思えて来たのだ。
性格が変わってる時の彼は本当にいつもの彼と真逆だ。それに一瞬だったけど、その時の彼の表情は少しだけ辛そうになる。
空を見上げると、雲が広がっていた。それはどんよりとした重い雲で辺り一面を暗くさせていた。
「なまえさん」
「えっ、」
どうやら私はボーッとしていたらしい。危ない危ない。
「お疲れ様、吹雪くん」
そう言って、私は吹雪くんにタオルを渡す。吹雪くんはそれを受け取ってありがとう、と微笑む。
相変わらずのかっこ良さに思わずときめく自分が憎い。
「なまえさんもボーッとするんだね」
「あはは…、まぁね」
まさか吹雪くんの事考えてて、ボーッとしてたなんて言えないので曖昧に答える。
「僕の事考えててボーッとしてたとか?」
「ぶっ…え!?」
「なーんてね」
ぺろっと舌を出して悪戯っ子のように笑う。こういう時の吹雪くんは本当にわからない。
でも、今は楽しそうに笑ってるからまぁ、いっか。
ふと、吹雪くんが空を見上げた。ギュッとマフラーを握りしめ、また悲しそうな表情になる。
空は人の感情と同調すると、昔誰かが言っていた。それはあながち間違ってなくて、私もそうだ。
こういう日はやはり、気分は晴れない。
「…なんか飲み込まれそうだね」
ボソッと吹雪くんが呟く。飲み込まれそう、なんて考えた事なかったけど、確かに今の空はそんな感じだ。
でも、彼が言っているのは、身体が、ではなく心が空に飲み込まれそうっていう意味なのだろうか。彼をそう思わせてしまうほどの何かがあるのかもしれない。
「…吹雪くん。もし辛い事があるのなら、私達皆話聞くからね」
「え?」
「円堂くんも私もいるから、ちゃんと吹雪くんの、吹雪士郎の話を聞くよ。だから、」
吹雪くんは少し驚いた顔で私を見る。ああ、私何言ってるんだろ。でも、きっと、
「一人で抱え込まないで」
私はこれが言いたかったのだ。変な女だって思われても構わない。
だって、吹雪くんの表情で気付いたのはまだ、私だけなんだから。今言わないと絶対後悔する。
「…っ」
ずっと黙っていた吹雪くんがすっ、と私の手を両手で包んで、頭を私の肩に乗せていた。
「ふ、吹雪くん?」
呼びかけても返事はない。あの言葉が正しかったのはわからないけど、とりあえずは今、少し頼ってくれているのかな。
だったら嬉しいんだけど…。
ところで、今更ながら普通に恥ずかしい。さすがにこれは照れますよ?
今、皆キャラバンの方に戻ったからいいものの…、誰かに見つかりでもしたら…。
…ん?あれは…春奈ちゃん!?あああぁぁ!
あれ?なんか口パクしてる?
“頑張って下さい!”
ニコニコと笑って、春奈ちゃんが去って行く。
違う、誤解です。
それにしても、吹雪くん大丈夫かな。私余計なこと言っちゃった…?
「…なまえさん、」
「は、はい」
声近っ!いや、顔も近いんだけどね。
吹雪くんは、手はまだ握ったまま顔を上げた。
「ありがとう」
吹雪くんはそう言って微笑む。ちょっとは役に立てたのかな。
嬉しくて思わず私も微笑む。
「…もし話せるときが来たら、なまえさん聞いてくれる?」
「…私でいいの?」
「なまえさんがいいんだ」
「…私でよければいつでも!」
「ふふ、ありがとう。そろそろ皆のとこに戻ろうか」
「うん」
先に歩き出した吹雪くんを追いながら、私は空を見上げる。
その空は―
澄みきっていた
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