トリコ

□美しい裏切り
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月が美しい夜だった。


侵入には全くといっていいほど向かない夜だが、そこには一人の男と侵入者が対峙していた。


「約束通りお前の弟が13になるまで待ってやったぞ」


「・・・うんうん、ありがとうね」


「早く行くぞ」


「うんうん、そうしよう」


テイルは三虎を急かすように返事した。


なぜなら・・・近くの岩場にサニーが隠れているのを感じていたからだ。


「その前に・・・そこの餓鬼を始末するか」


三虎はサニーの隠れている岩場に視線を向けた。


「ッ・・・!!!!」


テイルは一瞬で三虎の前に移動し、彼の一撃を止めた。


「ほう、手加減しているとはいえ、この私の一撃を素手で止めるか」


「こっちだってのんびり暮らしてたわけじゃないんでね、うん」


だが、テイルは肩から激しく出血していた。


「うんうん・・・痛いね、痛いよ」


「ふん、見栄を張って誰かを守ろうなどとするからだ」


あの時もそうだったな、と三虎は続けた。


「私が崖に貴様ら兄弟を追っている時、貴様は私の攻撃全てを受け止めた。その行動で弟の方はかすり傷一つしなかったな」


「うんうん」


「しかも逃げ場のない崖まで来た時、貴様は・・・地上数百メートルのそこから弟を突き落とした」


「・・・うんうん、でもああするしかなかった」


テイルは哀しそうに笑った。


「ああ、お前の選択は正しかった。そうしなければーーーー」
































「トリコは俺と同じように四肢を失うことになってた、うん」


サニーは岩場の影で目を見開いた。


「(テイルの四肢がないのはこいつのせい!?)」


テイルは四肢全てが義足・義手であるのは皆が知っていたが、失ってしまった原因と過程は一龍でさえ知らない。


サニーは今から語られるであろうテイルの過去を想像し、息をのんだ。


「貴様は生まれつきグルメ細胞の持ち主だった」


「うんうん、だから俺達を追ったんだろ?でも残念、生まれつきじゃあないんだ」


「何だと?」


「俺は・・・産まれた瞬間、グルメ細胞を入れられただけだ、うん」


何の抵抗も出来ないまま、産まれた瞬間に実験体として親に売られた。


「差し詰め実験体といったところか・・・親にでも売られたんだろう?」


「うんうん、あたり」


「なぜ生まれつきではないと言わなかった。私は貴様が生まれつきのグルメ細胞の持ち主だと思ったからあの時に貴様を追ったのだ」


「言ったって信じてくれないでしょ、うん」


「信じたかもしれん」


「俺がのこのこついて行ったらトリコを殺すつもりだったでしょ?で、俺が死んだらトリコを代わりにつれて帰るつもりだった・・・」


実験体は2人はいらないもんね?とテイルは微笑んだ。


たしかに、三虎は大きな勘違いをしていた。


テイルが生まれつきのグルメ細胞の持ち主であると。


そして、その弟であるトリコもまた生まれつきのグルメ細胞の持ち主だと。


結局の所、どちらか一人をつれて帰れたらそれで良かった。


テイルが説得出来ればトリコを殺し、テイルが拒否したらその場で殺して、代わりにトリコをつれて帰るつもりだった。


10歳だったテイルはその事を直感で分かっていたのだ。


だから、三虎が初めてテイルを美食會に勧誘した時、テイルはトリコを連れて逃げたのだ。


4歳のトリコを連れて施設から逃げ出したのが9歳の時、三虎に追われて死にかけたのが10歳の時。


テイルの平凡な暮らしはたった1年で終わりを告げていた。



























「待て、貴様の言うその弟とは・・・本当にお前の弟なのか?」


産まれた瞬間に我が子を売るような親が2人目の子どもを産むわけがない。


「違うよ。トリコと俺は血なんてつながってないんだ、うん」


「義兄弟か」


「うんうん、あたり」


「ふん、そうか」


三虎はさして興味なさそうだったが、サニーはもはやパニック状態だった。


「(血がつながってない!?義兄弟!?は!?え!?)」


「では一つだけ問おう・・・なぜ貴様はここにいる」


実験体ならば施設に収容されているのではないのか、と三虎は純粋に疑問を抱いた。


「逃げたんだ、うん」


「子どもが逃げ出せるような施設だったのか」


「セキュリティは完璧だったよ、うん」


ただね、とテイルは続けた。


「俺の能力は瞬間記憶能力。しかも産まれた病院は実験施設の外だったからね。俺は病院から施設に入るまでの道順もパスワードも全部記憶していたんだよ、うん」


これには三虎も驚いた。


「たった一度通った道で、意味も理解出来ない事を記憶していたというのか・・・!?」


「うんうん」


「弟も実験体だったのか」


「ちょっと違うかな、うん。トリコは実験体にされそうになってたんだ、うん」


思い出すようにトリコの話をするテイルの顔はとても穏やかだった。


「まだ赤ん坊だったトリコを一度だけ施設の中で見たことがあったんだ」


でもトリコは特に実験らしい実験は何もされなかった。


採血をしたり、血圧を測られたりする程度だった。


一瞬見た紙には“5歳より実験開始”と書かれていたのをテイルは覚えている。


テイルによって実験施設から逃げたのはトリコが4歳のときだ。


つまり、トリコは実質何も実験されていないのだ。


「逃げ出す前にさ、あの赤ん坊も連れて行こうと思って引き返したんだ、うん」


「死ぬかもしれないのにか」


「うんうん、なんだかね放っておけなかったんだ」


「・・・貴様はつづくおかしな奴だな」


「うん?そうかな?」


「血のつながりもない赤ん坊をつれて実験施設を脱出し、その後、私に追われたときでさえ途中で捨てようとはしなかった」


「うんうん」


「怒りに任せて私が渾身の一撃を放った時、貴様は弟を突き飛ばして、崖下に落とした・・・いや、そうやって逃がしたのだ」


「うんうん」


「弟を逃がした代償に貴様は四肢を失った。私は貴様が完全に死んだと思った」


「瀕死の俺を無視してトリコの後を追おうとしたもんね、うん」


「だが貴様は死なず、私と貴様は密約を交わす事となった」


「うんうん」


「“弟に手を出すな。そのかわり、弟が13になった時、自分は私の手足になる”とな」


「・・・うんうん」


「正直、貴様にはもう実験体としての興味はない」


「でも連れて行くんだよね?うん」


「察しがいいな・・・そうだ、貴様には私の手足となって死ぬまで働いてもらおう」


「・・・逃げたら?」


「貴様の弟を目の前で殺してやる」


テイルがトリコを脅迫材料に使われて拒否出来るはずがなかった。


「うんうん、絶対に逃げないし、裏切らないよ」


「正しい判断だ、そろそろ行くぞ」


「あそこに隠れてるのも弟と同じぐらい大切だから今回は見逃してあげてね、うん」


「フッ、貴様に免じて今回だけは見逃してやろう」





























サニーはただその場に立ち尽くしていた。


2人の去った後、沢山の警備員が押し掛けて来た。


だが、一龍に声をかけられてもサニーの耳には何も入ってこなかった。





























リコがテイルの義理の弟?


血も繋がってないのに今までずっと守ってきた?


四肢を失っても、分の将来を売り渡してでもトリコを守ろうとしていた?


ああ、ざけるな。


にが“アイツは俺を殺そうとしてる”だ。


“前がテイルの首を絞めて殺そうとしてる”んだろうが、トリコ。


前の無知さがテイルを殺すんだ。


ああ、頼むから生きていてくれテイル。


きっとつしくない事もたくさん命令されるかもしれない。


でも絶望せずに生きていてくれ。


俺が絶対に助けてやるから。


だから、絶対に死んだりするな。


もっと強くなって、前を連れてった奴を倒してやる。


身も心ももっとつしくなって、お前を迎えに行ってやるから。





























(ばいばい、うん)

(一瞬振り返った彼は)

(確かに自分に向かってこう言った)

(さよならなんて、言わないで)

(またねっていってよ、テイル)





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