破天荒と違い、ヘッポコ丸は甘い物が好きだった。





甘味が好きと言えば「子供っぽい」と破天荒にからかわれたが、自分の味覚に嘘はつけない。好きな物は好きなのだ、しょうがない。ヘッポコ丸はそう見切り、甘味を時折口にしては幸せそうに笑っている。




その笑顔を知っているからか、破天荒は時折甘味を買ってくる。町に寄った時なんかは必ずだ。自分はあまり好んで食べないくせに、しっかり自分の分も購入してくる。以前「俺だけ食べるなんて不公平だ」とヘッポコ丸が変に遠慮してなかなか食べようとしなかったのがその理由で、それ以来破天荒は必ず二人前購入してくるのである。


好きではない、どころか苦手な部類に入る甘味だけど、ヘッポコ丸が笑ってくれるなら多少は我慢してもいい。こういう心境を悟るに、破天荒は相当ヘッポコ丸に惚れ込んでいる。それは逆でも言えること。そしてそれは周知の事実であった。






今日も今日とて、破天荒は甘味を購入して帰ってきた。渡された箱の中に入っていたのは柔らかそうな生地のシュークリーム。ヘッポコ丸が特に好んでいる甘味の一つだった。





「あ、このお店知ってる! 結構有名なとこじゃない?」
「そうなのか? 俺は別に興味ねぇからな」
「全国に多数のチェーン店があるとこだったと思うよ。へー、この町にもあったんだね」




「ありがとね破天荒!」と満面の笑みでお礼を言うヘッポコ丸。その笑顔を直視し、そのあまりの愛らしさに破天荒は行き場のない激情を壁を殴打することで発散した。「チクショー可愛い可愛い可愛い可愛ry」と呟かれていた言葉は幸いにもヘッポコ丸には届かなかったようだ。





「じゃあ紅茶入れてくるね。座って待ってて」




シュークリームをテーブルに置いてスタスタと簡易キッチンに向かう背中を見送り、破天荒は腰を下ろした。開けられたままの箱を覗く。柔らかそうな薄茶色の生地にまぶされた粉砂糖は、窓から差し込む太陽の光によってキラキラと光っている。きっとヘッポコ丸のような甘味好きからしたらひどく食欲をそそられるのだろうその見た目ではあるが、そうではない破天荒にはあまり魅力的には映らない。



一つ、手に取ってみた。少し力を加えれば簡単に潰れてしまいそうな感触に、指の力加減に気を使う。ちょっと指先で押せば程良い弾力が返ってくる。鼻孔を擽る僅かな甘い匂い。それに釣られたのか、どうなのか、破天荒はその柔らかな生地に、大きくかぶりついた。





途端に口内を満たすカスタードクリームの甘さ。トロトロとしたクリームが舌を擽り、すぐに喉の奥に消えていく。生地は咀嚼の必要性を与えず、舌の上で溶けて小さくなっていく。そして残された甘味は決して諄くは無く、喉に張り付くような不快感も無い。




「あー、破天荒先に食べてるー」




これなら案外イケるかも、なんて考えているとヘッポコ丸が戻ってきた。その手に握られているのは白いティーカップ。どうやら紅茶を入れ終わったようだ。





「待っててくれても良いじゃん」




言いながら紅茶を置き、自身も腰を下ろした。ごく自然に、破天荒の隣に。それについて破天荒は何も言わない。ヘッポコ丸も気にしていない。いつものことであった。




「悪い悪い、ついなー」
「別に良いけどさ。俺も貰うね」




ヘッポコ丸が一つ手に取ったのを見て、破天荒は二口目を食む。途端にカスタードクリームがトロリと生地からこぼれ落ちてきてしまい、それを慌てて舐めとった。しかしぎっしりと詰められていたのであろうクリームは次々と溢れてくるので、破天荒は残りを早めのペースで食べきった。



食べきったは良いが、舐めとりきれなかったクリームと粉砂糖が指先にベタベタと纏わりついている。それを億劫そうに舐めとりながら、チラリと横目でヘッポコ丸の様子を伺う。案の定、ヘッポコ丸も同じような状態に陥っていた。焦って指先に力が入ったのか、その指が生地を突き破り、そこからもクリームが溢れ出ていた。なんとか全て口に放り込んだものの、その指のみならず手の平にまでクリームがこぼれていた。




「あーあ、勿体無い…」




そう呟いて垂れたクリームを丹念に舐めとっていくヘッポコ丸。クリームの大半が付着している手の平から徐々に上がっていく舌先。それが指と指の間を舐っている時、その光景を静観していた破天荒が突然その手首を掴んだ。




「へ……!!?」





いきなりのことに固まるヘッポコ丸を置き去りに、その指先を破天荒の舌がなぞる。まだ完全に取れていなかったクリームが、破天荒の舌によって余すことなく奪われていく。指と指の間も、他の指先も、その爪の間にまで、その舌先は伸びていく。


その情景を顔を真っ赤にしていたヘッポコ丸であったが、突然ハッと我に返って破天荒に怒鳴りつける。





「ちょっ!? な、何してんのさ…!!」
「んー……ん、ごっそさん」




怒鳴りつけられたことなんて気にもせず、全てのクリームをしっかり舐めとってから、破天荒はパッとその手を離した。真っ赤な顔はそのままに手を庇うように抱くヘッポコ丸を後目に、破天荒は二つ目のシュークリームに手を伸ばし、事も無げにかぶりついた。先程の行為の真意を全く表面に出さず、ただシュークリームに舌鼓を打つ。





「ん、やっぱ美味いなこれ」
「は、な、な…!!」
「…食わねぇのかな? ヘッポコ丸くん?」
「っ〜〜〜…たっ食べるよ!」




あまりに破天荒が平然としているので気にしているのが馬鹿らしくなったのか、ヘッポコ丸も同じようにシュークリームに手を伸ばしてかぶりついた。先程の事を根に持っているのか、シュークリームを両手で持っている。それを見て、破天荒は小さく笑う。





「……なんだよ」




未だ赤みの引いてない顔で破天荒を睨む。





「いーや? ただ可愛いな〜って思ってただーけ」
「うっ…五月蝿い。可愛くなんかない」




照れ隠しなのかなんなのか、ずっと放置されていた紅茶を口に含む。しかしそうしてる間にもまたクリームがこぼれ落ち、再びヘッポコ丸の手の平を汚していく。





「あっ、あー…」
「シュークリームって美味いけどこれが困りもんだな」





なんて言いながら自分はクリームをこぼさず完食し、アワアワしてるヘッポコ丸の手の中のシュークリームをカプリと食む。溢れ続けるクリームをペロリと舐め上げ、吸い取って、クリームの洪水を一応堰止めた。その後に、また手の平に広がる黄色いクリームを舐めた。


と、そのシュークリームを唇に押し付けられた。堰止めたとは言ってもクリームの壁があることに変わりはないため、破天荒の唇はクリームに濡れる。何をするんだ、とじと目で見れば、やっぱり真っ赤な顔をしたヘッポコ丸がそこにいた。どうやら押し付けたのではなく、動揺して手が動いただけらしい。





「なに、食っちまって良いのか?」
「ば、バカかお前! べっ別に、俺のまで舐める必要無いじゃん!!」
「お前が食べんの下手だからじゃん」




唇に付着したクリームを舐めとり、今にも崩れそうなシュークリームをその手から奪った。




「ほれ、あーん」
「へ……!!?」





そのまま差し出してやれば、素っ頓狂な声が上がった。ヘッポコ丸はどうやら突然の行為に上手く順応出来ないらしい。まぁ恐らく、この男相手限定だろうが。



破天荒の行動に固まり、次いで顔を真っ赤に染め、シュークリームと破天荒を交互に見つめる彼は明らかに挙動不審だ。しかし破天荒はそれについては言及しなかった。





「へ、じゃねぇよ。おら、早く食わなきゃまた落ちるぞ」
「えっ、あ、あー…!」




あくまで、早く自分の手からシュークリームを食えと強要する。言われてまたクリームが流れ出てくるのに気付いたのか、ヘッポコ丸は反射的にそれにかぶりついた。元々一口分しか残されていなかったので、それで破天荒の手からはシュークリームが消えた。


もぐもぐと口内でじっくり味わった後、ゴクリとその喉が上下した。それを見た破天荒はとても嬉しそうに笑った。




「…何笑ってんのさ」
「んー? いや、こうやってお前に菓子食わすの、楽しいなーと思ってな」
「俺は楽しくないよ」
「でも、菓子は美味いだろ?」
「……うん」
「俺が買ってきた菓子で、お前が喜んでくれるのは嬉しいし、餌付けしてるみたいで楽しいんだよ。俺は甘いモン好きじゃねぇけど、お前とこういう時間過ごせんのは好きだぜ」
「…そう」





珍しく、ヘッポコ丸は破天荒の言葉を突っぱねなかった。相変わらず赤みの引かない顔を背け、またゆっくりと紅茶を飲んだ。「あーん」されて、反射的にとは言えそれを甘んじてしまったことがやはり恥ずかしかったらしい。顔を背けても、赤くなった耳は隠せていなかった。




それを見て心がキューンとときめいた破天荒は、本能の赴くままにヘッポコ丸を抱き締めた。いきなりのことにビックゥ! と体を強張らせたヘッポコ丸の手からティーカップが滑り落ちる。幸い床にはカーペットが敷いてあったし、中身は全て飲み干していたようで、汚れることは無かった。





「ちょっ、ちょっと破天荒!?」
「ああもうお前マジ可愛いマジ可愛いホント可愛いマジ俺の天使犯したい」
「おい! 最後におかしな単語混じってたけど!?」
「気のせいだ。ほれ、もう一個食え」
「えっ…ぁむっ」




失言を隠すように無理矢理ヘッポコ丸の口に三つ目のシュークリームを突っ込んだ破天荒。突っ込まれた手前食べないわけにはいかず、ヘッポコ丸は大人しくそれを味わって咀嚼した。…その間、突き刺さるような破天荒の視線はスルーすることとした。



抵抗するも無駄と判断し、そのまま三つ目のシュークリームを完食した。その時もやはりこぼれてしまったクリームが破天荒の手を汚してしまっていて…ヘッポコ丸は、さっきの仕返しとばかりに、クリームで汚れた破天荒の手に舌を這わせた。





「はっ…!?」
「…仕返し」
「っこのぉ…」
「べぇ」




してやったり、といった風に言ってベッと舌を出し、ずっと張り付いていた破天荒の手を振り払った。そして落ちたティーカップを拾い上げ、紅茶のおかわりを入れるために再び簡易キッチンに姿を消してしまった。




破天荒はその背を見送った後、手の平で顔を覆った(舐められてない方)。まさかヘッポコ丸があんな大胆な行動を起こすなど、破天荒にとっては予想外だったようで。




「あー…やられた…」




手の平で隠しきれていない頬も、耳も、先程のヘッポコ丸みたいに、とは言わないまでも、それなりに赤みが差していた。




















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恋も花時
Kra/春色の花

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