※柔兄がトラウマ持ち


※有り得ない設定だが、同人だから…と大目に見てください←








青色は、忌まわしい記憶を呼び起こす唯一の起因。十五年間途絶えることの無い、苦く痛く辛い記憶。あれは、途方も無い大きな傷をオレに与えて――トラウマという傷を植え付けて、ずっとオレの心中で燻っとる。時折あの日の光景が夢に出てくる程や。十五年も経ったんに、決して色褪せることなんか無い、悪夢。




青は、あかん。青を見る度に、心がギュウギュウに締め付けられて、脳内にあの日の映像が否応無しに流れ込んでくる。どうやっても拭えへん嫌悪感。決して忘れられへん、あの日の光景。大好きやったじいちゃんと、矛兄を奪ったあの憎き炎。どれだけの年月を経て、成長しても、鮮明に思い出せるあの惨劇。惨たらしい情景。阿鼻叫喚に包まれた夜。焼きついた、人が焼かれる様。縦横無尽に青が踊った。その美しさの中にある、途方も無い残酷さ。







あれからオレは、どうしても青色を許容出来んくて。澄み渡る青空ですら、フラッシュバックの要因となってしもうて。お陰で十五年間、青空を凝視することなんか出来んかった。。




晴れた日は、極力空を眺めんようにして過ごす。出来る限り視界から空を追いやって、視界に入れへんように努めて、一日を乗り切る。けど完全に空を見ぃひんなんか不可能やから、ひょんな拍子にあの夜の映像が脳内を駆け巡っていく。それを回りの奴らに悟られへんように上手く振舞う。弱音を吐いてる暇なんか、オレにはあらへんから。







矛兄が死んで、志摩家の跡継ぎとしての使命は全てオレに転役された。けどそれは同時に、二人の死を一刻も早く受け入れろっちゅー意味やった。二人の死を弔い、二人を思って泣く時間なんか、僅かしか与えられへんかった。そう簡単に受け入れ、諦められる筈も無いんに。そんなん、強要されたって、ただただ辛いだけやった。…やけど、オレに選択肢は無かった。それを甘受して、前に進まなあかんかった。




いつもオレらを守ってくれた矛兄。その矛兄はもうおらん。代わりにオレが、これから家族を守っていかなあかん。その使命感が、オレを奮い立たせた。数多のフラッシュバックに抗えたんは、守るべき家族が――そして、掛け替えの無い弟達が、笑うてくれるからに他ならへん。そうやなかったら、オレはあっさりと挫け、弱い人間に成り下がってたことやろう。



何度悪夢に負けそうになっても、挫けそうになっても、弟達の笑顔を見れたら、また力を貰えた。まだ、頑張れると思た。心を殺ぐ悪夢に、抗えると思た。こいつらがおったら、いつか、こんなフラッシュバックなんか無くなるかもしらんって、期待しとった。






――けどそれは所詮、錯覚でしかなかったんやけど。







「柔兄?」




灰色の微睡みから浮上して、最初に視界に入ったんは鮮やかな金色やった。少し視線をずらせば、飴色の瞳とかち合った。案の定、そこにおったんは金造やった。けどその表情に、いつもの明朗快活さは無い。笑みが消え、不安げな影が顔を覆ってる。


なんでやろ、と考えたところで、自分の額に他者の熱を感じた。なんやろう、ひどく、熱いような…。




「起きたん?」
「きん、ぞ…?」
「柔兄、熱あるで。めっちゃデコ熱いわ」
「ねつ…?」




その言葉を聞き、どうやらこの額に感じる感触は金造の手の平らしいことを認識した。




けど、どうも状況が良く分からん。やからちょっと起き上がろうと思ったんやけど…。





「あああ起き上がらんでえぇから! ジッとしときぃジッと!」




と、呆気なく金造に押し戻された。けどそうされんでも、オレはすぐ同じ体制に逆戻りしとったやろう。ほんの少ししか頭を上げてないんに、ぐにゃりと視界が歪んで世界が揺れた。そんで同時に感じたダルさと激しい頭痛。手の甲で自分の頬(額に触れんかったんは、金造が既に触れとったから)に触れたら、そこは普段やったら考えられへん熱を孕んどった。




なんやろ…風邪でも引いたんやろか…。





手をパサリと床に落とすと、柔らかな感触に行き着いた。そこでようやく、自分が布団に身を転がしてたことに気付いた。あまりに遅いと自分にツッコむ。やけどオレは自分で床についた記憶は無いから、大方金造に運ばれたんやろう。辺りを見渡せば、そこは見間違うこともないオレの部屋やった。わざわざここまで運んでくれたんか、とちょっと申し訳なくなる。








しかし…一体オレは、こうして金造に介抱される前は、どこで何しとったんやろう。記憶が途切れる前までの行動を思い出そうとしたけど、強い頭痛が断続的に起こってなんも思い出されへんかった。




「オレ、は…」




金造が見つけた時、一体どこで何してたんか…それを聞こうとしたんに、喉に何かが引っ掛かっとるみたいな違和感に阻まれて上手く言葉が出んかった。掠れた吐息を洩らすだけに止められた唇を、金造の指がゆっくりと這った。




「柔兄、縁側で転がってたんやで。覚えとらん?」




オレの疑問を読み取ったみたいに的確な答えを金造は提示してくれたが、そう聞かれてもオレには全く覚えが無かった。逆にオレが聞きたいぐらいやった。…いやまぁ、金造に聞いたって分かるわけ無いやろうから聞かへんけど。



とにかく、覚えも無いし声も上手いこと出ぇへんし、首をゆるゆると振って意思表示。金造は容易く意味を理解してくれたらしく、「ほぅか」と頷いた。




「ここんとこ働き詰めやったし、疲れ出たんとちゃう? 柔兄はちょっと頑張りすぎやわ」




倒れたてしゃーないで、と金造は苦笑混じりにそう言うた。金造の手の平が額からオレの黒髪に移り、やけに優しい手付きで撫で梳かす。





昔は、オレと同じ色しとったんになぁ…最後に見たのがもう何十年も前のように思える、金造の黒髪姿。今のこの派手な髪色も随分見慣れたけど、たまに黒髪やった金造が懐かしく思える。本人には言わんけど。金髪が似合ってないわけやないから、言い咎めるんもちゃう気がするし。



こうやって撫でられとると、頭痛がだんだんと軽くなってくようで、負担が軽減されて自然と安堵の溜め息が洩れた。その吐息が妙に熱いんが自分でも分かった。どうやら本気で風邪引いたっぽい。





「お父とかには事情話しとくさかい、今日はこのままゆっくり寝ときや」
「ぉん…」
「柔兄が寝るまでは、オレここにおったるから」




熱出たらなんか寂しなるもんなーと言いながら、金造が少し離れた場所に腰を落ち着かせた。急に離れたその体温が、なんか知らんけど妙に恋しゅうなって、それに焦がれるみたいに金造を目で追ってもうて――その自分の行動を、オレはすぐ、後悔した。








金造の背後、僅かに開いとる襖。部屋をぼんやりと明るく染めとったんは、そこから差し込んでた日光やったらしいとようやく認識。その認識の果てに見えたんは、そこから覗く、青空。なるたけ避けとった青色が、極力見ないよう努めとった青色が、憎たらしい程鮮明に、強い自己主張を持ってして、オレの瞳をダイレクトに貫いた。










――矛兄!



途端に走る戦慄。よぎる悪夢。





――青い炎は、サタンの証や。



荒れる呼吸。伝う汗。





――これからはお前が、跡継ぎになるんや。



人が焼ける臭い。初めて嗅いだ、死臭。





――みんなを頼んだで、柔造。



最後に見た笑顔。止められなかった背中。





――イヤや、矛兄…。



全てを奪った青。全てを壊した青。





――起きてや、矛兄ぃ…!



――オレを置いてなんか、行かんでやぁっ…!



泣きじゃくる子供が、そこにおった。











「っ…!」




身体ごと顔を背け、視界から青を追い出す。景色が薄暗い部屋に移行する。リピートされ続ける地獄の光景を必死に振り払おうともがき、強く目を閉じた。暗くなった視界に、尚もチラつく青色。蘇るあの日の叫び。泣き声。頼もしい声。焼かれた身体。自由に飛び交う青い呪縛。





治まらない呼気と、動悸。あぁクソ、やっぱり青色はアカン。いつまで経っても、全然消えてくれへん。いつかは消えてくれるて期待しとったんに。なんでいつまでも、オレを苦しめるんや。なんでオレを、解放してくれへんねや。一体いつまで、オレは苦しめばえぇんや。




落ち着け、落ち着け。側には金造がおるねん。金造に悟られたらあかん。弱さを見せたらあかん。こないに弱弱しい姿を晒したらあかん。オレは強くあらなあかんねや。…矛兄みたいに、強い兄貴でおらなあかんねん。









たとえそれが偽りの姿でも、『兄』は強くあらなあかんねや。








「柔兄、ごめん。もう大丈夫やから。やから目ぇ開けて」





すぐ側で聞こえた金造の声(謝罪? なんで?)。擽る吐息。恐る恐る目を開けると、部屋からは完全に光が消えとった。どうやら襖が閉じられ、日光が完全に遮断されたらしい。そう理解してようやく、砂嵐の如く脳内を掻き乱してた青い悪夢がぷつりと途切れた。途端に訪れる痛いほどの静寂。オレの乱れきった呼吸だけがやけに耳について、暴れる鼓動がそれに同化してもうたかのように激しい音を立てる。





呼応するかのように、オレの身体は突如震えだした。ブルブルと。ガクガクと。今更恐怖が身体を包んだようで、情けないくらいに震えが止まらん。相乗効果で浮かんできた涙をぐっと押さえ込んで、震えをどうにか止めようと自分の身体を抱き締めた。けど、上手くいかん。呼吸も、鼓動も、身体でさえ、なんもかんもがオレの意思に逆らい、静まる気配を微塵も見せんかった。




「柔兄、柔兄」




また、金造の声が聞こえた。さっきよりも、至近距離で。オレの耳を金造の吐息が擽った。そのトーンがやけに優しゅうて、身体の震えが僅かやが治まった。





「大丈夫やで、怖ないで、柔兄。やから、コッチ向いてや。…オレだけ、見て」




金造がオレに覆い被さり、背けていたオレの顔を無理矢理自分の方に向かせた。意味が分からんまま、重ねられた唇。金造のしっとりした唇が、オレの唇を啄ばむみたいに優しく噛む。ふちをなぞって、口を開けるように催促してくる。オレは目を細め、薄く口を開かして、金造の舌を誘う。抗う気なんか全く無かった。




オレのその動きを素早く察知した金造の舌が、無遠慮に侵入してきた。従順にオレが舌を差し出すと、すぐに捕まえてきてぐちゃぐちゃに好き勝手に絡ませて、翻弄してきた。




それは、あまりに性急なキス。仕掛けてきた金造はまるで獣に化けてもうたかのように獰猛に、どんどんとキスを深くしていく。主導権は完全に、金造のモノ。オレはただただ、されるがまま。





「はっ…はぁ…ふ……ちゅ…」





負けじとオレも舌を動かして、唾液を送り込んで、キスを堪能する。もう、互いの舌が織り成す水のノイズと、上がりきった呼吸音しか耳に入ってこんかった。あないに酷かった震えがいつの間にか静まっとる。あないに暴れとった鼓動も落ち着きを取り戻してく。思考を占めるんは、金造のことばかり。





感じる、金造の熱。生きとる証拠。ここにおるんは、死人やない。生身の人間や。オレの、オレだけの、愛する弟や。実感出来る生の感覚。悪夢の中では決して与えられへん安心感。それを求めて、自然と腕が金造の背中に回っとった。金造と同じように舌を動かして、もっともっとと金造を渇望した。オレらしゅうないとは分かっとったけど、もう止まれへんかった。






今は、金造の熱さを感じときたくて。





このキスを、もっと堪能しときたくて。





しゃあなかったんや。






「あ、ふぁ……」
「はぁ……落ち着いた? 柔兄」




一体どんだけ、キスをしとったのか。金造が唾液の糸を引きながら離れてった時には、すっかり息が上がっとった。飲みきれんかった唾液がオレの口の端を汚しとって、金造がそれをペロリと舐め上げた。舐めながら、手がオレの頬を撫でた。その指の感触にすら安心してもうて、何故か零れた、一粒の涙。





「嫌やったやんな、柔兄。もう大丈夫やで、オレがおるし」





金造の唇がオレの顔の至る所を滑っていく。「大丈夫」を何回も繰り返し紡いで、オレに数多のキスの雨を降らせる。あやすかのようなその動作に、言葉。そこから察するに……どうやら金造には、とっくに全部バレとったらしい。オレの弱さは、とっくに露見しとったらしい。




バレへんよう、しっかり隠しとったつもりやったのになぁ…一体何処で、ボロが出たんやろ。





「なぁ…きんぞ」





喉の違和感がさっきより軽減されたようで、楽に声は出てきた。




「なに?」
「…知っとったん、か? オレが…」
「青色を見ぃひんようにしとったことを、って?」
「……それ以外、無いやろ」





やはり、金造は知っとったらしい。的確に確信を突いてきたことが、なによりの証拠。





「そんなん、分かるに決まってるやん。オレずっと柔兄しか見てへんねんから」





柔兄が好きなモンも。


柔兄が嫌いなモンも。


柔兄が怖がるモンも。





「オレは全部知っとるよ」
「………」
「ちっこい頃から、知っとった。けどオレはガキすぎたし、今も全然ガキやし……やから、苦しんどる柔兄見付けたって、なんも出来んままやった」




汗で張り付いた前髪を払われ、そのままスルリ、とまた撫でられた。慈しむかのようなその手付き。実の弟から受けるには、あまり相応しくないそれ。やのに嫌やと思わへんあたり、オレは相当弱っとるっぽい。普段こんなんされたら、多分を金造ぶん殴ってるやろなぁ。




オレがそんな場違いな思考に耽っとるなんか夢にも思っとらんやろう金造は、尚も言葉を続ける。





「どないしたら柔兄が楽になれるんか、ずっと考えとった。けどオレアホやから、なんも思い付かんかってん。思い付かんまま時間ばっか過ぎてもうた。柔兄は、ずと苦しんでたんに…」
「…お前がそうやって考えてくれとっただけでも、充分やで?」





っていうか、オレはこのこと一生バラさへんつもりやったさかい、お前のその苦悩自体イレギュラーなんやが…とは言わんとく。そんなん言うたらコイツ泣く。絶対泣く。意外にコイツ繊細やし。…なんて、さっき無様な様を晒したオレが言えた義理ちゃうけど。オレの場合は『繊細』なんやなくて、ただ『脆い』だけやねんけど。





「見てるだけなんは、もう嫌なん」





ゆるゆると首を振りながら、金造は言う。





「『青い夜』ん時、オレはまだちっこかったし、なんとなくしか覚えとらんけど…柔兄はそうやないやろ? やから柔兄は青色が嫌いやし、怖いんやろ?」





オレは何も言えず、無言を貫く。それは即ち、肯定を意味する。





「どうにかしたいんに、見てるだけしか出来んのはもう嫌やねん。見ないフリするんも…もう、嫌や」
「………」
「柔兄はオレの兄貴やから、オレに弱いとこ見せんようにしとったんは分かってる。けど――オレら、家族やんか」






家族にまで強がり続ける必要なんか、無いやんか。








また、金造の顔から笑顔が消えた。どころか、ひどく悲しそうに眉を寄せて、目尻を垂らしている。今にもその飴色の瞳から、涙が零れてきそうやった。





気だるさを振り払い、手を伸ばして金造の髪に触れる。脱色された髪に本来の柔らかさは残ってへんけど、それでもしっくりと手に馴染む、その手触り。




明るい金色。金造の色。





「堪忍、なぁ」





なんと言うてやるんが一番えぇんか、生憎熱に浮かされた頭じゃなんも浮かばんくて。



出てきたんは、なんとも有り触れた謝罪の言葉。一体何に対しての謝罪なんかも明確やない、あやふやな謝罪。無意味な詫びは、果たして金造の耳にどう聞こえたやろうか。






堪忍、と無意味と分かりきった言葉をもう一度繰り返して、指先を動かす。指の動きに合わせて流れる金糸は、この薄暗い室内でもとても明瞭に見えた。





「兄ちゃん、もうちょいお前に甘えてみるべきやったなぁ…」
「ホンマやで! やから、これからは思いきし甘えてきてや。それでチャラにしたる」




弱弱しい表情が消え、いつもの金造にちょっと戻った。唇を尖らせ、かと思えば、目尻を垂れさせて笑って言った。





「柔兄、これからはオレの前では隠さんで。強がらんで。やなこと思い出したら、オレのトコ来たらえぇ。オレが柔兄のこと、慰めたるさかい」
「…けど、嫌やないんか……兄貴が…こないに怖がりで…」




頼もしい申し出やのに、よぎるんは一抹の不安。





今までオレが築いてきた兄貴の偶像。ずっとずっと追いかけとった矛兄の背中。矛兄みたいになれるように、オレなりに努力してきた。






けど――それは全て、砕破されてもうて。







曝け出されたんは、臆病で脆弱なオレという中身。こんなオレが、優しい金造に縋ってもうてえぇんか。







金造は、受け入れてくれるんか――








「アホやなぁ柔兄は」






そないなオレのネガティブ思考を、金造はいつも通りの眩しい笑顔であっさりと叩き落とした。髪に触れたままのオレの指先に自分の手の平を重ねて、優しく触れてくれた。




「嫌なわけないやん。寧ろ、これから柔兄独り占め出来るんか思うたら、うれしゅうてしゃーないわ」
「嬉しいて…」
「やって、柔兄、これからはオレに甘えてみようて考えてくれとんねやろ?」





確かに…金造が、許してくれるんやったら…受け入れてくれるんやったら…それに縋りつきたいと思ってるんは、事実や。




誰にも打ち明けられなかった苦境を、曝け出して尚笑ってくれる金造に――寄りかかってしまいたいと揺らいでるんは、本心や。






「羽を休められる止まり木があるんと無いんとでは、全然ちゃうんやで? 柔兄」
「…はは…なんや、詩人みたいなこと言うやん」
「これでもバンドのボーカルやからな。オレが作詞もしてんの知ってるやろ?」





アホでもそれぐらいは知っとるんやから。金造はそう言ってまた唇にキスしてきた。このキスに込められてるんは親愛か、はたまた恋愛か。境目を上手いこと見極められへんくせに、拒絶するには惜しい温もり。与えられる熱を与えられるままに甘受しているオレは、言われるでもなくとっくに金造に甘えてもうてるんやろう。





金造の温もりと、吐息と。伝わってくる全てに、安息の心地を噛み締める。一人で限界まで張り詰めていた糸が、どんどんと弛んでいくのが分かる。






この糸は、兄貴としてのオレを形成するための繭の糸。金造の優しさによって紐解かれ、剥き出しにされてく本来のオレ。弱くてちっぽけで、情けないオレという人格。






本来なら、こうして暴かれてまうんは嫌で嫌でしゃあないんやけど…晒したところで、それを見るんは金造ただ一人。金造相手やから、嫌悪は無い。寧ろ、こうして分厚い繭を無くしたって凍えんで済むんは、金造のお陰なんやろう。





「痛いことも、苦しいことも、全部全部オレに言うてな。すぐにこないな風に、ギュウッてしたるから」






そう言うてオレに抱き付いてくる様は、悪いけど犬がじゃれついてきたみたいにしか思われへんかったけど…その声音はひどく切実な彩色を放っとったから、ただ無邪気さを装う犬には成り得なかった。




言葉で返事を返す代わりに、その体躯に腕を回した。それでも満足してくれたんか、金造はだらしなく「へへっ」と笑って頬を摺り寄せてきた。声にいつもの金造らしさが戻って、ホッと安堵する。全く単純な奴やなぁ、と心の中でだけ苦笑した。






「柔兄が、早く青色からトラウマ無くなりますよーに!」
「誰に願っとんねんな」
「ん? んー……柔兄?」
「アホ、オレに願ったって願掛けにならんわ」





そう言いながらも――



オレは、こうして金造の温もりさえ失うことが無ければ、いつかどうにかなってまうように思えた。悪く言えばそれは依存に相違ないが、しかしこの温もりと安心感を知ってしもうた今、偽りの強さで固めたオレの繭を破った張本人である金造に縋るくらい……もう、許してもらったっていいはず。








誰かに――やなく、自分自身に。










ずっと温もりに包まれとったからか、じわじわと眠気が襲ってきた。あぁそういえばオレ熱出てたんやったっけ…と、あたかも他人事であったかのようにすっかり忘却しとった事実をようやく思い出した。吐き出した吐息も妙に生暖かい。もしかしたら熱が上がってきたんかもしらん。




「あ、忘れとった。柔兄病人やった」




忘れとったんはどうやら金造も一緒やったらしく、慌てた様子でオレから離れた。温もりがのうなってもうたんは寂しかったけど、これ以上くっついてて金造に移っても嫌やし、我慢することにした。





「柔兄が寝たら、オレみんなに報告しとくから。やから安心して、今は休んどき」
「ぉん……」
「おやすみ、柔兄」




きゅっと手を握り、金造は眠りを促す。オレはおとなしく目を閉じた。手の平からじわじわ伝わってくる温もりに、さっき感じた寂しさが溶かされるようで。





そのまますんなりと、オレは眠りの世界に落ちていった。起きた時に、ずっと心中に巣食ってたトラウマが、少しでも緩和されていることを、密かに期待して。
























――――
苦悩はやがて切れて
the GazettE/舐〜zetsu〜

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