何故か黒破天荒が遊びに来ました。





「何堂々と来てんだテメェはよぉ!」
「なぁんだよ冷てぇなぁ。せっかく遊びに来たオレサマになんか無いのかぁ?」
「死にさらせ!!」





顔を突き合わせて早々に口論を繰り広げる破天荒と黒破天荒(というか破天荒が一方的に邪険にしてる)。破天荒が容赦なく上段蹴りを食らわせたが、黒破天荒は涼しい顔でそれを防ぐ。それにキレてまた破天荒が暴力を奮ってしかしそれは易々防がれて…それの繰り返し。


見かねたボーボボさんと(珍しく)首領パッチが破天荒を宥めて、とりあえずその場のいがみ合いは終息した。しかし破天荒は未だ怒りが治まらないらしく、ふんっとそっぽを向いてしまった。あまりに子供じみた仕草に、俺は思わず呆れてしまった。





全く、破天荒もあんなに邪険にしなくて良いだろうに。仮にももう一人の自分なんだから、仲良くしたって良いじゃん。それとも、髪や目の色を除けば見た目が全く同じだから、嫌なのかな?





『ま、オレ達みたいに認め合ってるわけじゃねぇからな』
「いきなり話し掛けてくんなよ邪王」
『良いじゃねぇか』




突如脳内に響いたのは、俺の裏側の存在である邪王だった。邪王はカラカラと笑いながら、その体を半透明に透かして俺の隣に姿を現した。



…というか、俺は今だってお前の存在に違和感全開だから。決して認めてるんじゃない、諦めてるだけだ。




『黒破天荒――ブラックの存在は破天荒にとっちゃあイレギュラーだからな。嫌悪すんのは仕方ねぇよ』
「そんなもんなのかな…」
『そんなもんさ。オレ達とは、根本的に違うしな』
「……そっか」




確かに、邪王の存在は、俺にとっては必然だ。過去の罪物で、唯一のよりしろで、同質の存在だ。俺の『負』を背負ってくれている、もう一人の自分だ。破天荒達のように、ただ『イレギュラー』という関係ではない。


先に言ったように、俺は邪王の存在の全てを認めている訳じゃない。受け入れがたいと思っている部分もある、けど…どうしても切り離せないものという認識も確かに、ある。だから、もがくことは止めた。それが『諦めた』という言葉の意味だ。





俺は苦笑して邪王と目を合わせた。邪王も俺と目が合うと、いつも通りのニヒルに笑った。そうしてすぐにその姿を消してしまった。出て来た時と同じように、パッとその姿を消失させた。俺のナカに帰ったんだろうけど…アイツ、一体何しに出て来たんだろう。





「黒破天荒を見たかっただけか?」




二人は付き合ってるらしいし、無きにしも非ずってとこかな。けどそれにしては嬉しそうじゃなかったな…まぁいいか。考えるのも面倒くさい。





「なに可愛い顔してんのぉ?」
「は? うわっ!」
「そんな驚かなくても良いじゃん」




物思いに耽っていたら、いつの間にか目の前に黒破天荒が居た。驚いて一歩退くと、心外だと言わんばかりに唇を尖らせて抗議してきた。



いやいや、これは反射的な行為でだな…というか退かれたくなかったらいきなり人の真っ正面に立つんじゃない。





でも不可抗力とはいえ後退してしまったのは事実なので、俺は小さく「ゴメン」と謝っておいた。





「んー。別に謝って欲しかったわけじゃないから別に良いぜぇ」
「あ、そう…」




ヘラヘラ笑いながら黒破天荒は俺の頭をポンポンと叩く。姿形はまるっきり破天荒と一緒だから当然掌の大きさも一緒なんだけど、やっぱりなにか違和感を感じてしまった。



…ん? そういえば…。





「あれ、破天荒は?」
「あぁ、あいつは今オヤビンの世話で忙しいらしくてなぁ」




そう言って黒破天荒が背後を指差した。その先には、首領パッチの奇行(もといハジケ)に感涙して「おやびん最高だあああ!!」と叫んでいる破天荒の姿があった。おいおい、自分の分身(と言って適切なのだろうか…)ほっといて何してんだあのバカ。




「全く、『俺』にも困ったもんだぜぇ。あんなトゲトゲの何処が良いのやらなぁ」
「え………」
「あん? なんだよヘッポコ丸」
「いや……お前は、首領パッチを慕って無いんだな」
「あぁ、そういうことぉ。まぁなんたってオレサマは、『俺』とは違うからなぁ。『俺』が崇拝してる首領パッチは、オレサマにとっちゃどうでもいいんだよぉ」
「ふぅーん…」




成る程、破天荒と黒破天荒は本当に、本当の意味で真逆なんだ。破天荒が好きなモノは黒破天荒にとっては取るに足らない存在で、逆も然り、なんだろう。



そこんところも俺達とはちょっと違うんだなぁ。俺達は好みが真逆って程では無いし、性格にもそんなに差は無い。邪王の方が気性が荒いってのはあるけど、それは大した問題じゃ無い。その気性の荒さは元々俺自身が持っているモノで、邪王が背負ってくれてるだけの話。だから俺達は、本当の意味で『表裏一体』なのである。





邪王が持っている感情は、本当は俺が持つ筈だったもので。



俺が持っている感情は、本当は邪王が持つ筈だったんだ。






今この形に収まっているのは、多分ただの偶然だ。性格が逆転してお互いが存在していた可能性もあったし、今もなにがキッカケで入れ替わるか分かったもんじゃない。極限状態の綱渡りのように、拮抗の強度はあまりにも微妙だ。しかしお互いがお互いを切り離せないのだから、これほど面倒なことは無い。


まぁ性格が逆転したところで何かが困る訳ではない。俺達は二人で一人前。どう転ぼうとも、きっと何も、変わらないのだろう。





「不思議かぁ?」
「え…?」
「オレサマと『俺』が、どうしてこうも違うのか」
「…そりゃあ、まぁ…」
「まぁそんな難しい話じゃねぇよぉ」





黒破天荒の口調は妙に軽かった。友人と下らない談笑を交わすような、そんな気軽さだった。




「邪王は…ヘッポコ丸、お前の『負』の感情の大半を背負って生まれた。怒りや悲しみの殆どを、アイツが請け負ってる。その分、お前は幸せや喜びを存分に噛み締められる。邪王に分け与える分も、お前が奪っているからだぁ」
「………」
「おっとぉ、そんな怖い顔すんなってぇ。言っとくが、これは事実だ。真実だ。だけどアイツはそれで満足している。お前だって、本当はそのことに気付いてんだろぉ?」




黒破天荒からの問い掛けに、俺は小さく肯定の意を表す。黒破天荒はそれを見て、満足そうに笑う。




「しかしオレサマと『俺』はそんな持ちつ持たれつの関係じゃねぇ。お前達みたいに、互いが互いを補整しているわけじゃねぇ。オレサマの原点が『俺』であるというだけで、形成された人格は全くの別人だぁ。ただ外観が似てるだけ。抱く人格は別物。ただ振る舞いが相似してるだけ。蓄えた記憶は別物。同族嫌悪って言葉があんだろぉ? 『俺』がオレサマに向けてんのはまさにそれさぁ」
「同族、嫌悪…」
「別にオレサマは『俺』のこと嫌いじゃないが…『俺』はオレサマと仲良しこよしになるつもりはないらしい」




やれやれだ、と言わんばかりに肩を竦める黒破天荒の表情は、やはり笑顔だった。破天荒との関係を考え倦ねているわけではなさそうだ。寧ろコイツは、今の関係から好転させることを望んでいるわけじゃないのだろう。このままの関係で、破天荒に嫌われたままで、別に良いのだろう。



きっと破天荒は、黒破天荒と歩み寄りたい、なんて死んでも口に出さないだろう。それは黒破天荒も同じだ。もしかしたら考えてもいないのではないだろうか。破天荒にとってはともかく…黒破天荒にとって、この距離感が絶妙なのだと思う。この距離感を自ら壊そうとは、しないだろう。





「ヘッポコ丸は、『俺』とオレサマに仲良くしていてほしいかぁ?」
「…別に」




ふぃ、と俺は顔を背けて答えた。




「二人がそれで良いなら、強要なんかしないよ」
「優しいんだなぁ…邪王とは大違いだ」
「邪王が優しくないことなんてある?」
「ヘッポコ丸にはわりかし優しいだろ。オレサマには冷たい罵声しか寄越さねぇくせによぉ」
「そう?」




そうか、邪王は黒破天荒には冷たいんだ。仲が悪いわけじゃないだろうけど……うん、でも邪王と黒破天荒がベタベタくっついてるのなんか全然想像出来ない。




「ま、そんなとこも好きだけどな」
「そう。仲良くしてやってね」
「言われなくとも。…でもなぁ」
「なに?」
「オレサマはお前のことも、邪王と同じぐらいは好きだぜ?」
「ハハハ、悪いけど」





もう、知りたいことも話すことも無い。黒破天荒に背を向けて、俺は未だ首領パッチの引っ付き虫になっている破天荒の元へ歩を進め始めた。





「俺は、破天荒しか愛してないから」





手厳しいねぇ、という乾いた笑いが聞こえてきたけれど、俺はもう振り返らなかった。





























――――
笑えぬ嘘
the GazettE/SHIVER

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ