オレの昼休みは、昼飯片手に屋上を目指すところから始まる。木吉先輩と付き合い始めてから、昼食は二人で屋上で食べるっていうのが、オレ達の暗黙のルールになっていた。




一日の大半を学校に縛られて過ごすため、先輩と二人で過ごせる時間は極端に少ない。だから、せめて昼休みぐらいは、二人で過ごしたい。その要望を言った時、先輩はとても喜んでくれたっけか。先輩もオレと同じ気持ちだったのかと思うと、すごく嬉しかったのを覚えてる。





とは言っても所詮は学校だから、完全に二人きりになることは出来ない。昼休みの屋上なんて絶好の昼食スポットだから、オレや木吉先輩以外にも、当然人が来る。他の場所で昼食を摂ることも考えたんだけど、昼休みに開放されていて、且つ二人きりになれる場所なんて全然思い付かなくて…。



木吉先輩は「降旗と居れるなら何処だって良いさ」と朗らかに言ってくれたけど…本心からそう思ってくれているかどうか微妙だ。オレもその言葉には同意するけど、本当はやっぱり…二人きりに、なりたいしさ。








屋上に辿り着いて、裏手に掛けられている梯子を登る。登った先、幾つか設置されている貯水タンクの影が、オレ達の昼食スポットだ。




「お。よぉ降旗」
「すいません、お待たせしました」




短い梯子を弁当を落とさないように気を付けながら登り切ると、先に来ていたらしい木吉先輩が笑顔で手を振ってくれた。至近距離だから振る意味はあんまり無いんだけど。




木吉先輩の笑顔を見ると、こっちまで自然と笑顔になってしまうから不思議だ。明朗快活なその笑顔に、オレはもう何度救われてきたか知れない。笑顔には魔力があるという言葉を、そういえば何かの本で読んだ気がする。もしあの言葉が本当なら、木吉先輩の笑顔が秘めている魔力は相当強いに違いない。




「どうした? ニヤニヤして」
「いえ、別に何でもないですよ」
「ふーん? まぁいっか。食べよう食べよう」
「はい」





先輩の隣に腰を下ろし、持ってきた弁当の包みを広げる。先輩も傍らに置いていた袋からいくつかのパンとジュースを取り出した。火神程じゃないけど先輩も意外によく食べるので、そのパンの量だけでオレの弁当の許容量を凌ぐ。これじゃあオレが少食に見られるんじゃないかと妙な焦燥感に包まれつつ、二人揃って手を合わせていただきます。




合間の休み時間に間食はしてたけど、満腹感を味わうには程遠い量だったため、空腹感はとうに限界値だった。半ばかき込むように米を口に入れ、その味を噛み締める。うん、美味い。母さんありがとう。





「降旗、あんまり急ぐと喉に詰まるぞ」
「んくっ…すいません、気を付けます」




先輩のからかいを含んだ忠告を受け、今度はゆっくり落ち着いてウィンナーを口に運ぶ。がっついてるように見られたのかもしれないなぁと考えながら。だとしたら恥ずかしすぎる。



オレは女の子じゃないし、別に可愛く見られたいとか思わないけれど…あんまりがさつ過ぎると愛想尽かされるかもしれない。気を付けないと…。




下から聞こえる他の生徒達の談笑に混ざるように、オレと先輩もポツポツと会話に勤しむ。バスケのことは勿論、お互いの好きな物や思い出話、その他諸々、会話の内容には全く困らない。




「降旗ー、口についてるぞー」
「へっ?」





会話しつつ大人しく弁当の中身を減らしていると、先輩の声にまたからかいの色が含まれた。何かと思ったら、先輩の太い指が不意にオレの唇に触れた。突然のことに意味が分からず硬直するオレ。すぐに指は離れていって、視線だけでそれを追うと、その指先にはなにか白い物があって。先輩は何気ない仕草で、その指を舐めて綺麗にしてしまった。



多分、あの白い物は米粒で、オレの唇にあれが付いていたから、先輩は善意で取ってくれたんだろう。そう解釈するのに時間は掛からなかった。…掛からなかったんだけど。




「ん? どうした?」
「い、いえ! あの…ありがとう、ございます…」
「良いって良いって」




穢れの無い笑みを向けられ、ぶわわっ…となんとも言えない恥ずかしさがオレの全身を包む。多分オレの顔赤い。絶対赤い。断言出来るよ、うん。






だって、だってさ…オレの唇に触れた指先を、先輩はなんの躊躇いも無く舐めてさ……あれって、もしかして、いやもしかしなくても、か、か、か、間接、キス…に、なっちゃわないだろうか…。





…ううぅ…なんか、今の考えすっごい変態臭い…。オレってばなに変なこと考えてんだよ! バカじゃねぇのかオレ!!






恥ずかしすぎる考えを霧散させるように、玉子焼きを口に含んで咀嚼する。しかし残念ながら全く味が分からない。先輩の行動に意識が行き過ぎて、味覚が正常に働かなくなってしまってるらしい。上手く飲み込むことすら出来ない玉子焼きを、お茶の力で無理矢理流し込んだ。




「意識した?」
「ぶっ!!」




オレはお茶を盛大に吹き出した。まるでオレの心の中を覗いたかのような的確な物言いに、思いっきり動揺してしまった。っていうか、木吉先輩…もしかしてわざと!?




「なっ、なっ…せ、先輩!」
「俺は、降旗と間接キスしたみたいだなーって思ったけど?」
「な、あ…」
「降旗は? そう思わなかった?」
「いっいや、オレは別にっ。…って、ちょ、先輩っ、顔、ちか…!」
「知ってる。わざとだし」





徐々に詰められる先輩との距離。気圧されて後退るけど、すぐに貯水タンクの丸みを帯びたボディと背中がこんにちは。すぐに逃げ場は失われてしまった。




「光樹…」
「っ…!!」




吐息が掛かる程の至近距離で名を囁かれ、背筋がゾクリと甘く震える。滅多に呼ばれない下の名前。こうして名前を呼ぶのは、いつも直球な先輩の、唯一遠回しな意思表示。








――キスがしたいって。








「な?」
「……ん」





オレを見つめる琥珀色の目に吸い寄せられるかのように、先輩にそっ…とキスを仕掛けた。唇同士が軽く触れ合うだけの、本当に小さなバードキス。オレにはこれが限界だった。ふにっとした柔らかい感触に一瞬だけ触れて、オレはすぐに顔を離していた。




恥ずかしさのあまり、先輩の顔を直視出来ない。オレからキスすることなんかほとんど無いから、迸る羞恥心が半端ない。雰囲気と先輩の瞳に絆されたとはいえ…勢いってのは恐ろしい。




「ふーりはたー。顔、あっかいぞー」
「赤くて結構です見ないで下さいお願いします」
「ヤダ」
 




自分の顔が茹で蛸よろしく赤くなってることは百も承知だ。だから見て欲しくなんて無いのに、先輩は易々とオレの領域に踏み入ってくる。オレが精一杯張ったバリアーを、先輩は意図も容易く壊してしまうんだ。






先輩の大きな手の平がオレの頬を包んだ。クッと顔を上げられ、そのまま唇を塞がれた。オレが仕掛けたキスなんかとは比べ物にならない、激しくて濃厚なキス。唇を舌で割り開かれ、侵入してきたそれがオレの舌を容易く捕らえ、そして翻弄する。




「はぁ…ん…んんっ…」




昼休みの学校の屋上に、舌と舌が織り成す水音はあまりに不似合いだ。なんだかとてもイケナイコトをしているような気分になって、いたたまれなくなってくる。





それでもこうして先輩を受け入れてるのは…やっぱり…好き、だからで…。







酸欠で頭がクラクラしてきた頃になって、ようやくキスから解放された。チュッ、と音を立てて離れた先輩の舌が唾液の糸を引いているのがやけに卑猥だ。そして先輩はそれを何事もなく絡め取ってしまうもんだから、オレはもう憤死寸前になる。




「はぁ…きよし、せんぱ…」
「ごめん、間接キスじゃ足りなくて」
「…オ、オレから…してあげたじゃ…ないですか…」
「うん、嬉しかった。でも、それでもまだ足りなかったから」






淀みなくそう言われてしまえば、オレはもう何も言い返せなくなる。再び先輩の顔が接近してきたって、それを突っぱねる術を、オレはとっくに無くしてる。





触れるだけのキスをまた幾度か繰り返し、そのまままた深くなる。今度はされっぱなしになるんじゃなく、自分からも辿々しいながらも舌を絡ませてキスに没頭した。先輩の背中に腕を回して、その体温もしっかりと感じながら。





そんなオレ達を知るのは、中途半端な状態で放置されている弁当とパンだけであったが…オレ達は全く気にも止めず、二人きりの時間に思う存分のめり込んだ。

















ラブを増やした
(続きは、後でな?)
(…部活終わるまでは我慢して下さいね)
(はは、努力するさ)






きよっつぁんは確信犯ですよ← いやいやその前に、これはどこの木吉先輩なんでしょうか(^q^)






栞葉 朱那

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