本が傷まないようにあまり日の入らない校舎の南側に位置付けられた図書室にて。




放課後といえばいち早く部活に向かいたいところなのだけど、あいにく週に一度、図書委員の仕事が割り当てられているため、しばらく居残りをしなくちゃならない。仕事内容は至極単純なモノで、新しく入荷した本の整理だったり、本を借りる人の貸し出しカードにサインしたり…まぁ仕事なんてこの程度。楽といえば楽なのだけど、しかし充実しているとは言い難い。時間が余ったら本棚から気になる小説を拝借して読んだりしているのだけど、しかし頭を占めるのはバスケのことばかり。






仕事をこなしていても、本を読んでいても、早く部活に行きたくて――バスケがしたくて体が疼く。それはきっと、僕と同じく図書委員に身を置いている彼も同じであろう。





「暇だなー」




受付用カウンターに設置された椅子に腰掛けたまま、降旗くんは大きな欠伸をした。その言葉には僕も同感だったので「暇ですね」と返しておいた。



今日は新しい本も入って来ず、利用者もいつもより疎らであり、ハッキリ言って僕らの仕事は今のところゼロだ。だからといってここから離れるわけにも行かないので、二人並んでカウンターにてなんの面白みも無い図書室の風景を眺めている。






僕はもともと本が好きだからこの委員に志願したけれど、降旗くんはそこまで読書家というほどでも無く、ただ仕事が楽そうだから志願しただけらしいので、こうもすることが無いと退屈と不満が募る一方のようで。





「まさかこんなに暇だと思わなかった…」
「確かに、今日は珍しく利用者も少ないですしね」




結構な広さの図書室なのに、訪れている生徒は両手で数えられる程度。しかもその過半数が勉強に勤しんでいるので本を借りに来るとは思えない。仮に借りるにしても、もう少し時間が経ってからだろう。




「あーもー、早く部活行きたいのにー」
「係りだからしょうがないですよ。降旗くんもなにか本取ってきたらどうですか?」




僕は読んでいた小説に栞を挟んで閉じ、彼に本を勧めてみる。なんといってもここは図書室だ。読書で時間を潰すにはもってこいだし、本も選り取り見取りな場所だ。


しかし降旗くんは難しい顔をして首を傾げるばかり。





「オレあんまし小説読まないしなー。ここ、置いてる漫画も少女漫画ばっかだし」
「良いじゃないですか少女漫画。暇潰しぐらいにはなると思いますけど」
「んー……や、いい」




促してみたが結局断られてしまった。まぁこの年になって少女漫画を読むというのも、些か恥ずかしいものだし、仕方無いかもしれない。かく言う僕も、いくら退屈だからって少女漫画を進んで読みたいとは思わない。





ハァー…とまた盛大な溜め息を吐き、降旗くんはカウンターに突っ伏してしまった。茶色い髪が、窓から吹き込む風にフワフワと揺れる。




「降旗くん?」
「んー…?」
「…もしかして、眠くなっちゃいましたか?」
「んー…ちょっと…」




ちょっと、と言うわりにはだいぶ声が眠そうだ。図書室独特の静寂と、退屈と、心地良い気温に呑まれてしまったのだろう。




「だったら寝ていても大丈夫ですよ。僕一人でも事足りますから」
「そー…?」




そうだ、今日のこの状況なら僕一人でこなしていても手に余る程なのだ。だからこのまま降旗くんが眠ってしまっても困らない。先に部活に行っていてもらっても良いのだが…一応図書委員は業務の際は二人一組で、と義務付けられているから、無断で抜けてもらうことは出来ない。多分先生も、いくら暇だからといって抜けさせてはくれないだろう。




眠りを促すように降旗くんの背をそっと撫でる。僕と大して体格に差は無い筈なのに、その背は少々小さくて頼りなく思えた(そう言ってしまうと彼は怒るだろうから、言わないけれど)。華奢、というほどでも無いのだが、まだまだ筋肉も充分についていない分、薄く、細く感じるのだ。







と、降旗くんは不意に突っ伏していた頭を上げて僕を見た。眠そうに垂れた鳶色の目が、僕をジッと見つめる。




「どうしました?」
「…おやすみのチュー、してよ…」
「え…?」




まさか彼からそんな言葉が飛び出してくるとは思っていなかったので、僕はあまりにマヌケな声を出してしまった。確かに僕と降旗くんは所謂恋仲であるし、キスぐらい普段からしていたりする。しかし、こうして彼からねだられたことは一度も無かった。






恐らく、微睡んでいたために正常な思考回路ではなくなったのだろう。悪い言い方をすれば、寝ぼけているのだろう。意識的に彼が僕を誘うようなことを言うなんて、本当に一度も無かったのだから。眠気というものは、時折人を大々的に変えてしまうから厄介である。




この誘いは僕の下心をそれなりに擽るものだったけど、ここは図書室なのだ。微々たる人数ながら利用者もいる。ここでこの誘いにノってしまうと、困るのは僕の下半身だ。




「あまり変なこと言わないでください。ここで僕が欲情しても良いんですか?」
「やー…ちゅー…」





諭すが全く聞き入れてくれる様子もなく、降旗くんはやたらとキスをねだってくる。幸い利用者の皆さんは自分のことに必死なようで、僕らの会話に耳を傾けている様子は無い。





きっとキスをしなければ、彼はいつまでもキスをせがんでくるだろう。そうしてモタモタしてる間に誰かがカウンターに近付いてきてもマズい(僕は別に構わないけれど、きっと降旗くんは恥ずかしさで死んでしまうだろう)。




「仕方無いですね」




据え膳食わぬは男の恥…である。いくら寝ぼけているとは言え、可愛い恋人のおねだりに答えないのはただのヘタレだ。頼むから耐えてくれ僕の下半身。





「動かないでください」




左手で顎を固定しつつ、持ったままだった小説で壁を作る。これで多分見られることはない筈だ。…よくよく考えたらこれでは『今キスしてます』と周囲に知らしめているような気がする。……まぁ多分誰も見てないし、良いか。





彼はおやすみのちゅーをご所望のようだったので、啄む程度の軽いキスを二度、三度。程良く弾力のある唇を軽く噛んで、舌でなぞる。しかしあまりやりすぎると止まらなくなりそうなので、最後にチュッと小さな音を立てて彼の唇を解放してあげた。




指も離してやり、これで完全に彼は自由の身だ(言い方はおかしいかもしれないけれど)。よしよし、と柔らかい髪を撫でてあげると、彼は分かりやすく破顔して。





「ありがとーくろこー」




どうやら降旗くんは十分満足してくれたようで、満面の笑みで僕にお礼を言ってから、また自分の腕の中に顔を埋めてしまった。間を空けずに聞こえてきた寝息を聞いて、今度は僕が溜め息を吐いた。









可愛い彼を見れたのはラッキーだったけど、あんな無防備な笑顔を見せられてはちょっと我慢が利かない。本当ならこのまま彼を連れ出してどこかで彼を余すとこなく頂きたいところなのだが…腕の隙間から覗く穏やかな寝顔を見てしまうと、自制心も働く。




「おやすみなさい、降旗くん」





束の間の休息。短い時間ではあるが、彼に幸せな夢を見せてあげてほしい。




傍らに置いていたカバンからまだ使っていないジャージを取り出して、彼を起こさないように背に被せる。そして、旋毛に小さなキスを一つ、捧げたのだった。














小さな幸せ
(この幸せがずっと続けば良いのに)
(いつまでも…ずっと…)





初黒降!! いや、最近降旗受けにハマッてさ、書きたいなーと常々思っていたんですよ。なのでこれはちょっと練習な感じです。降旗が誰やコレ状態にorz





栞葉 朱那

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ