田楽マンの誕生日は四年に一度の閏年にしかやってこない。つまりは二月二十九日である。ヘッポコ丸がそのことを聞かされたのは、留守番中の何気ない会話の中でだった。ヘッポコ丸は自分の誕生日と一日違いであることに好感を覚えたと同時に、四年に一度しか自分の誕生日が来ないというのはどんな気持ちだろうと考えた。



誕生日が毎年やってこないのなら、別の日で代替えするしかない。二月二十八日か、三月一日か。しかしそれが本当の誕生日でないことはどうして心に蟠りを生んでしまう。田楽マンも、まだ決して長いと言えない年月の中で、そんな蟠りを抱えていたのだろうか。




「寂しいか?」




思わず聞いてしまった問い掛け。不躾だったかとヘッポコ丸はすぐさまその発言を取り消したくなったが、焦燥するヘッポコ丸とは裏腹に、田楽マンは大して気にしていない風だった。





「寂しくないのら」




そう断言する声音になんの不自然さも感じない。しかしそのことが逆に不自然に思えてしまい、ヘッポコ丸はつい「本当か? 無理してないか?」と言及してしまった。

しかしそんな言及をも、田楽マンは飄々とかわす。





「おれが無理する必要なんて無いのら。誕生日なんか来なくたって生きていけるのら」
「そりゃそうだけどさ…」




ヘッポコ丸は自らの膝上にちょこんと座っている田楽マンの頭を撫でる。特異な容姿をしていると言っても彼は犬である。よってその手触りはなかなかに良い。遠目からは見えないが、彼の体を包む白い体毛はそれなりにフワフワとしていて、手入れも事欠かないため毛並みは艶々と光っている。彼に触れたことの無い人間は恐らく気付くことも出来ないであろう事実。そして田楽マンも心を許した相手にしか自分に触れることを良しとしないので、もしかしたら知っている人間は数少ないのではないだろうか。




大人しく撫でられたままの田楽マン。その柔らかい手触りに癒されているヘッポコ丸。空気はほのぼのとしているが、しかし交わしている会話の内容はそんなに温和ではない。田楽マンは淡々と語るけども、それが全て嘘偽りの無い真実だとは、ヘッポコ丸はどうしても思えなかった。ただの強がりではないのか…そう勘ぐってしまう。





無意識に手付きが『愛でる』から『慰撫』に移行していることに、ヘッポコ丸は気付かない。田楽マンは意外に聡いのでとっくに気付いているが、今まで孤独に生きてきたがために同情も慰めも体験したことが無かった彼は、知らないフリを貫き通して甘受することとしたらしい。孤独に生きていたが故に、今はもう孤独じゃないと分かっているのに、その暖かさが心地良くて、同情を向けられるのが嬉しくて、満足してしまう。






故意に同情を誘ったわけではないし、同情されるのも筋違いであるとは思っていても、与えられる温もりを手放すのは惜しい。いつもは主にビュティが与えてくれるこの温もり。淡い桃の香りのするビュティと違ってヘッポコ丸から良い香りなどしないけど、戦士らしからぬ――と言えばヘッポコ丸の自尊心を傷付け兼ねないので、年相応と言い換えよう――手から与えられる優しさはビュティのそれと大差ない。だから田楽マンは何も言わない。甘んじて受け入れ、ヘッポコ丸との他愛無い会話を楽しむ。




「誕生日を祝ってくれる奴も今までいなかったから、そこまで深く考えたことはないのら」
「……そっか」




寂しそうな声色。それは紛れもなくヘッポコ丸から発せられたモノ。


どうしてヘッポコ丸が寂しいと思うのか? 長く孤独を歩んできた田楽マンにはその理由が分からなかった。不思議に思っていると、両脇の下に手を差し込まれ、田楽マンはそのまま持ち上げられた。低かった視界が、ヘッポコ丸と視線が交差する程度には高くなった。田楽マンのキョロっとした大きな瞳と、ヘッポコ丸の柔和な真紅がお互いを映す。





「じゃあ、今年はそうじゃないな」
「のら?」
「だって――今年の誕生日は、一人じゃないじゃんか」
 



ボーボボも。

ビュティも。

首領パッチも。

天の助も。

ソフトンも。

破天荒も。



それに勿論――ヘッポコ丸も。






「みんなで、お前の誕生日を祝ってあげられるよ」
「あ…」





そう言われて、ようやく再認識した事実。そうなのだ。今の田楽マンは、一人ではないのだ。




四年に一度しかやってこない誕生日。閏年に生まれたことを悔やんだ事が無いと言えば嘘になる。その閏年が今年やってきた。自分が世に生誕した日を、今年は迎えられる。








一人で迎える必要も無く――仲間達に囲まれて、迎えられる。







「もしかしたら俺のと一緒にされちゃうかもしんないけど…構わないか?」





問い掛けてくるヘッポコ丸の瞳も声も、どこまでも優しいモノだった。称えられている笑みも柔らかく、田楽マンの安心感を底上げしてくれる。




その優しげな雰囲気に飲まれて、気付くと田楽マンは頷いていた。一度ではなく、何度も何度も首を縦に振っていた。それを見て、ヘッポコ丸はふにゃっと目尻を下げて笑った。少年らしいあどけない笑みに、田楽マンは不覚にもドキリとしてしまった。





ヘッポコ丸の笑顔を見るのは別に初めてじゃない。パーティの中でも気遣いに長けている彼は誰にでも優しく接していて、誰にでも屈託のない笑顔を振り撒いている(訂正。破天荒を除いて)。だが、首領パッチなどに混ざってボーボボや天の助と共に悪ふざけをした後などは、少し困ったように、そして窘めるように眉を垂らして小さく笑む。田楽マンがヘッポコ丸に向けられるのはこの表情の方が多かった。パーティ内でも問題児の部類に入るという自覚はあったから、致し方ないと思う。そもそもどんな笑顔を自分に向けてくれていたかなどと、いちいち田楽マンは気にしていなかった。



そんな時に、この無防備な笑顔だ。これで心が揺るがない者が果たしているのだろうか。多分居ないだろうと、田楽マンはなんの根拠も無しに考えた。




「楽しみだな、誕生日」




揺るがない笑顔で、ヘッポコ丸はそう言った。それにとっくに魅せられていた田楽マンは、その言葉に同意するようにまた頷いた。










――と、それが一ヶ月以上も前の話である。時は止まることなく流れていき、今日は二月二十八日だ。言わずもがな、ヘッポコ丸の誕生日である。

いつも騒がしいボーボボ一行ではあるが、今日は特に騒がしい。それは誕生日会が無事に執り行われている証拠であった。




ヘッポコ丸の予想通り、ヘッポコ丸と田楽マン、合同の誕生日会である。本当は二日連続でパーティーを開くつもりだったらしいが、予算の関係で泣く泣く諦めたのだそうな。






事実を聞かされても、田楽マンは別段怒りを覚えなかった。きっとこうなることをずっとずっと前から予測していたからだろうと、自己完結して満足してしまったためだ。珍しく聞き分けの良い田楽マンをみんなは不審に思っていたようだが、ヘッポコ丸だけはその理由を知っている。だからパーティーの最中、二人で目配せをしてこっそり笑った。誰も知らない秘密を共有出来るのがなんとなく擽ったく思うことを、田楽マンはこの時初めて知った。




今が楽しめれば良い。

自分の誕生日を覚えてくれていて嬉しい。

仲間に誕生日を祝ってもらえて嬉しい。

一緒に祝えて楽しい。





パーティーの間中、田楽マンの心はずっと幸福感に満たされていた。長い間孤独に過ごして、極限まで寂しさを体験した田楽マンにとって、この光景はずっとずっと夢に見ていたモノだ。大好きな仲間達に――掛け替えのない友達に囲まれて、自分の生誕を祝ってもらう。絶対に叶わないと思っていた願いが、今日、叶えられたのだ。






「ありがと」
「え?」





名残惜しまれながらも、夜も大分更けた頃になってパーティーは終幕して。



片付けを免除された主役二人は、一足先にテントの中に入っていた。興奮も冷めやらぬままに寝床を整えていたヘッポコ丸に、田楽マンはそう伝えた。突拍子な言葉だったために、ヘッポコ丸はすぐにその意味が汲み取れなかった様子で、つい寝床を整える手を止めて田楽マンを見つめて訊ねた。




「なにが?」
「誕生日、一緒に祝わせてくれて」
「あぁ…」




そのことか、とヘッポコ丸は得心入ったように呟く。そしてすぐに苦笑いを零しつつ、止めてしまった手を再び動かす。




「別に、お礼言われるようなことはなんにもしてないぞ?」
「でも、言いたかったのら」
「言わなくていいんだって。ただそうなっちゃっただけなんだからさ」
「…ヘッポコ丸のくせに生意気なのら」
「えぇ?」




なんでそうなるんだよ、とヘッポコ丸はまたもや苦笑いで受け答えをする。しかし今度は作業の手は止まらない。作業の片手間に成される受け答えに少々不満を感じたのか、田楽マンはムッとしてヘッポコ丸の背中をよじよじとロッククライミングの要領で登る。




いきなり感じた重さにヘッポコ丸の身体が一瞬強ばったが、すぐにその正体に気付いたようで(まぁこの空間には二人しか居ないのだから当然だろう)、「おいこら」とあくまで温和に咎める。そんな声にも怯まず、田楽マンは難なく肩の上にまで到達した。




「邪魔だぞ田楽マン」
「おれがせっかく礼を言ってやってるんだからちゃんと聞くのら!」
「押し付けがましいなおい! もう礼は良いから、大人しく待ってろって。すぐ寝れるようにするから」
「もう充分寝れると思うけど?」
「まだみんなの分が終わってないだろ?」





ヘッポコ丸の指摘通り、今整えられている寝床は二つだけだ。彼は他の仲間達の分も律儀に準備しようとしているようだが、田楽マンはそんなのしなくていいのにと思ってしまう。何を隠そう今日はヘッポコ丸の誕生日なのだ。パーティーを開いてもらって盛大に祝われて、片付けだって免除されたんだから、幸福に包まれた状態でさっさと休んだ方がお得だなんじゃないかと、田楽マンは素直にそう思うのである。






誰にでも思いやりが持てるのは、ヘッポコ丸の長所だ。しかし、こんな日にまで謙虚さを発揮しなくても良いじゃないか。今日ぐらい気兼ねなく、甘えてみたって良いじゃないか。





「他のなんて良いから寝よ。おれは眠いのら」
「じゃあそこの布団で先に寝て良いぞ。俺はみんなの敷いてから…」
「ダメなのら! おれは一人じゃ寝れないからヘッポコ丸も一緒に寝るのら!」
「いや、一人で寝れないとか嘘だr」
「寝るのら寝るのら寝るのら寝るのらー!!」
「あいてててっ」





バシバシと小さな両手をヘッポコ丸の肩に叩き付ける。いくら体躯の小さい田楽マンと言えども、力を込めて叩かれればそれなりに痛い。痛みに耐えかねて田楽マンを掴み上げるが、それでもまだ暴れ、駄々をこねる。





「寝るのら寝るのら寝るのら寝るのらー!!」
「あーもう分かった分かった! 俺も一緒に寝るから! だから落ち着け!」





あっさりと折れたヘッポコ丸に、田楽マンはパッと顔を綻ばせる。あまりに分かり易い態度に、それが演技だったことに気付いたヘッポコ丸はハァ…と溜め息を吐いた。が、騙されたとしても寝ると一度言ってしまった手前、このまま無碍に扱えば可哀想だと考え、早々に諦めることにした。



まだ途中だった三つ目の布団だけはしっかり整えた後、ヘッポコ丸は一番端に敷いていた布団に横になった。その隣に田楽マンが当然のように潜り込んで来たが、文句を言うだけ無駄だと悟ったのか、彼は何も言い咎めなかった。





「お前ってたまに凄く子供っぽい所あるよな…」
「子供じゃなーい! おれは立派な大人なのらー!」
「はいはい」





反論を軽くあしらいながら、ヘッポコ丸は田楽マンにしっかりと毛布を被せる。三月は目前と言ってもまだまだ夜は冷え込む。風邪を引いてしまわぬよう、注意は必要だ。





「みんなで騒いで疲れたろ? もう寝ちまいな」





ポン、ポン、と幼子を寝かしつけるように腹部辺りを優しく叩き、眠りに誘うように穏やかにそう促すヘッポコ丸。



それに誘われるまま、田楽マンの目がトロンととろけ、欠伸が一つ漏れる。





「…なぁ、ヘッポコ丸」
「ん? なんだ?」
「たんじょーび、おめでとー、のら」





微睡むままに呟かれた言葉は、今日散々言われた祝福の言葉。だけどよくよく考えてみれば、田楽マンにはまだ言われていなかったことを思い出す。


ただ単に言い忘れていただけか、それとも一番最後に言いたいという思惑だったのか、問い質すつもりは全く無い。ただ、純粋に嬉しく思う。今日幾度も幾重にも与えられた言葉ではあるけれど、その喜びに遜色などあるはずがなかった。





「ありがとな、田楽マン」





そう言って頭を撫でてやれば、田楽マンがふにゃりと照れたように笑った。



「おめでとー言ったの、おれが最後?」
「そうだな、お前が一番最後だよ」
「じゃあ、ヘッポコ丸、」




少しだけ開いていた距離をつつっと詰めて、ヘッポコ丸の胸にその顔を寄せる。




「明日、朝起きたら、真っ先におれに、おめでとーって、言ってほしいのら」






それが、誕生日プレゼントで良いから――田楽マンはそう言ってはにかんだ。こんなことを要求せずとも、きっとヘッポコ丸は田楽マンに「誕生日おめでとう」と言ってくれるだろう。それが最初であろうと五番目であろうと、最後であろうと、優しい彼は、田楽マンに祝福の言葉を捧げたことだろう。






それなのに敢えてこんなことをせがんだのは、相手がヘッポコ丸だからだ。




自分はもう孤独じゃないと心に刻み込んでくれた彼だから。


祝福を共にすることを許してくれた彼だから。


柔らかな微笑みを向けてくれた彼だから。






一番に、祝福してほしいのだ。自分が生まれた日を。







田楽マンの言葉を聞いて一瞬キョトンとしていたヘッポコ丸だったが、すぐにその意味を理解したのか、また柔らかな笑みを浮かべて、田楽マンの頭を撫でた。




「分かった。約束する。朝起きたら、最初におめでとうって、言ってあげる」





約束するよ。そう念押ししてくれたヘッポコ丸の言葉に安堵して、田楽マンは一つ頷いた後、ゆっくりとその瞼を閉じた。














JOINT
(Happy Birthday to you&me)
(その言葉が、一番のプレゼント)






今年は閏年ってことで、へっくんと田楽マンの誕生日を一緒にお祝いなのぜ! あんまり誕生日っぽくなくなっちゃったけど、仲良しーな二人を書けて満足です(^q^) 田楽マンは黙ってればめっちゃ可愛いからね!← この二人が並んでるとすごい癒し効果になると思うんだ。


へっくんがパーティ開いてもらって当然みたいなこと普通に言っちゃってますが、それはボーボボ一行はみんなの誕生日はパーティするって決めてるからです。へっくんはパーティを自分から要求するような子じゃ無いよ!← んで田楽マンの口調難しいー!






栞葉 朱那

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