「笠松さん! ハッピーバレンタインです!」
「あ?」




二月十四日。いきなり俺の家を訪ねてきた黄瀬が、満面の笑みでなにか包みを差し出してきた。俺は急展開すぎて固まるしかなかった。これといってなんの約束もしていなかったのにわざわざなんの用かと思えば…どこの恋する中学生だ。人気モデル様が何やってんだ。つか俺はお前からのプレゼントとか期待してなかったんだけど。




とりあえず、良い意味でも悪い意味でもこの駄犬は目立つから家に入れる。『人気モデル・黄瀬涼太が男にチョコレート!?』って感じですっぱ抜かれたら溜まったもんじゃねぇ。俺のせいでコイツのモデル人生に終止符が打たれるなんざ考えたくねぇ。


なんて俺が悶々と気ぃ回してやってんのに、当の本人はキラッキラしたオーラを纏って後ろをついてくる。つーかなんでコイツなんの変装もしてないんだ? 前勝手に誠凜に行った時もそうだったけど、ちょっとはお忍びスタイルで移動するってのを覚えろと言いたい(てか前に言った筈だ)。





「来るなら来るって連絡しろバカ」
「いてっ」




部屋に入り、肩パンを一発食らわせてから座るよう促す。
「だって驚かせたかったんスよー」
「あー驚いた驚いた。だからさっさと帰れ」
「酷いッスよ笠松さん!」
「うっせぇよ俺の安息の時間ぶっ潰しやがって」




口から出て来るのは憎まれ口ばっか。本当は黄瀬が来てくれて嬉しいのに、それが素直に言えない。付き合い始めてもう随分経つけど、俺の中に『健気』とか『素直』とか、そんなモンは全く根付いちゃくれない。俺みたいな奴のことを、天の邪鬼とか臍曲がりとか言うんだろうな。



俺の素直じゃない言葉を、黄瀬はあまり真に受けない。初めの頃は全部が全部そのままの意味で受け取っちまって変に誤解を生むことが多々あったが、もうすっかり慣れちまった黄瀬は俺がどんなにぶっきらぼうでも旋毛曲がりでも、笑ってくれるようになった。





「笠松さんが望むならすぐ帰るッスよ」




しかしたとえ笑ってくれるようになっても、どこか遠慮がちなのは否めない。



今だって、そうだ。俺に気を使ってる。迷惑だと思われないように、してる。




「でもこれだけは受け取ってほしいんス。笠松さんのために、買って来たんだし」
「……一流モデル様が、わざわざご苦労なこったな」
「笠松さんが喜んでくれるなら、俺はそれでいいんスよ」




はい、と差し出されたのはさっき玄関で受け取らなかった綺麗な包み。中身が何か、なんて聞かなくても、それがバレンタインチョコであることなんか周知の事実だ。

俺は今度は素直に受け取った。そして、「ありがとう」もしっかり伝えた。普段の俺からは考えらんねぇほど、か細くて情けない声になっちまったけど。





「本当は手作りのを渡したかったんスけど、時間が取れなくて」
「最近忙しいみたいだしなお前。俺との約束もドタキャンしたしな」
「あれは急に仕事が入っちゃって仕方無くッスよ! 本当なら俺だって笠松さんに会いたかったッス」
「知ってるよ。お前が多忙なのぐらい」





それを承知した上で、俺はお前と付き合ってんだから。





「せいぜい、頑張って稼ぐことだな」
「なんか笠松さんが冷たいッス…」
「当たり前だろ? 旦那が低収入じゃあまともに暮らせねぇかんな」
「えっ…?」




意味深にそう言ってやれば、黄瀬はキョトンとした顔で俺を見つめてきた。意味が分かったのか、分からなかったのか、その端正な顔からはあまり感じ取れなかった。



残念なオツムの駄犬のために、俺は答えを提示する。バカでもしっかり理解出来る簡単な言葉で、夢を与えてやる。モデルでもなんでもない俺が与えるにはあまりに不相応だが…まぁ、特別だ。





「俺が大学入って一人暮らし始めて、生活が落ち着いた時、まだお前がモデルやってたら、一緒に住もうぜ」
「えっ…えっ!?」
「お前は俺の旦那なんだから、養うのは当然だろ?」
「っっ……はいっ!! 大好きッス笠松さんっ!!」





しっっかり理解出来たのか、デカい図体で俺にガバッと飛び付いて全身で喜びを表現する黄瀬。それを甘んじて受け止めながら、俺は慣れないことを言ったがために赤くなってるであろう頬の熱をどうやって下げるべきかを考えていた。







傍らに転がるチョコレートの包みが、この日交わした約束の、唯一の証人になった(食うからすぐいなくなるんだけどな)。















約束とチョコレート
(うめぇなこのチョコ)
(当たり前ッス!! 一番高いの選んできたんスから!!)
(そういうこと言うな。食うの勿体なくなる)





三十分クォリティーで申し訳ありませんが皆様ハッピーバレンタイーンo(≧∀≦)o







栞葉 朱那

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