「どうしたのその傷!」




俺が昼寝から戻ってくると、嬢ちゃんの驚愕と困惑が入り混じった声が聞こえてきた。なんだ? と思って寝ぼけ眼のままそちらに視線を向けると、そこに居たのは嬢ちゃんと、何故か全身傷だらけのヘッポコ丸の二人だった。その姿に俺も思わずギョッとしちまって目も冴えた。早足に二人に近付き、声を掛ける。




「おいっ」
「あ、破天荒さん!」
「げ…」





あからさまにヘッポコ丸が嫌そうな声を上げた。その態度に俺は少し苛っとした。げ、じゃねぇよげ、じゃ。





「なんだよその傷。何があったんだ?」
「…別に、大したことない」




冷めた声音でそう言い切り、ヘッポコ丸はふいっと視線を俺から外した。大したことないはずねぇだろうバカ。人がせっかく心配してやってんのに、なんでコイツはいつもいつも可愛げのねぇ態度ばっかり取るんだか。俺は仮にもお前の恋人様だっつーの。





「でもへっくん、その腕…」
「大丈夫だから。本当に、大したことないから」





嬢ちゃんが心配そうに傷の具合を案じているのに、ヘッポコ丸は頑として訳を話そうとしない。何をそんなに強がって、理由を隠そうとするんだろうか。考えたって分かんねぇが、こんなんじゃ埒が明かねぇと結論付けた俺は、ヘッポコ丸の手を取ってテントの方へ足を向けた。





「ちょ、なに…!」
「嬢ちゃん、救急箱テントの中か?」
「えっ? は、はい…」
「怪我の手当ては俺がすっから、ボーボボ達に言っといてくれ」




嬢ちゃんの返事は待たなかった。きっと嬢ちゃんも返事なんかしなかったんじゃねぇかと予想。言うだけ言って、逃れようともがくヘッポコ丸の手を強く引いて、少し離れた場所に組み立てといたテントの中に入った。ヘッポコ丸が抵抗しまくってんのが分かったけど、放置。俺から逃げられるわけもねぇし。





中はすでに数組の寝床が整えられていた。だったらここで昼寝すりゃ良かったとちょっと後悔しつつ、俺は一番奥の寝床にヘッポコ丸を座らせた。俺も賺さず端に置いてあった救急箱を引き寄せてから、ヘッポコ丸の真っ正面に腰を下ろして退路を絶った。救急箱を開き、中からピンセットと脱脂綿と消毒液、それから絆創膏とガーゼを取り出す。





「おら、消毒してやっからまずは手ぇ出せ」
「………」




促してやっても従うつもりは無いらしい。どうやら逃げることは諦めたらしいが、素直に治療されるつもりも無いらしい。あーはいはいそうですかー。良いぜ良いぜ、そっちがその気なら俺も勝手にやってやろうじゃねぇか、と俺は一人で意気込んだ。



ピンセットでつまみ出した脱脂綿に消毒液をこれでもかってぐらい含ませて、僅かに開いていた互いの距離を詰めて、無理矢理ヘッポコ丸の顔を俺の方に向かせて切れてる口端へ脱脂綿を思いっきり押し付けてやった。




「いってぇぇっ!」
「お前が素直じゃねぇからだろうが」





容赦なく押し付けたために尋常じゃねぇぐらい傷に滲みたのか、ヘッポコ丸が涙目で絶叫した。しかし俺は総無視して消毒に専念する。さすがに無理矢理治療を行使されたんじゃ抵抗する気も失せたのか、痛い痛いと喚きながらも比較的大人しくしていた。






消毒しながらまじまじと身体を眺めたが、結構酷い有り様だった。口の端は切れてて、殴られたんだろうか、頬も腫れてる。服も胸元の部分が少し伸びてて、胸倉を掴まれたことが懸念される。一番酷いのが両腕だ。腕部分の布がナイフで裂かれたかのようにさっくり切れていて、その勢いは腕にも及んでいて、痛々しい切り傷を肌に刻んでいた。それも、幾つも幾つも。




この傷のどこが、大したことないってんだよ。






「何があった?」
「……言いたくない」
「…黙秘を続けんのは勝手だけどな」




袖を捲り、腕の切り傷にも脱脂綿を滑らせる。まだ固まっていなかった血が、脱脂綿を赤く染めた。痛みに歯を食いしばらせている様を見ながら、俺は言い放つ。





「心配してる奴の身にもなりやがれ、ガキ」
「………っ」





口を真一文字に結んで、ヘッポコ丸は完全に口を閉ざしてしまった。どうやら今回の我慢具合は強硬らしい。いつもはこういう風に言えば、すぐに折れるのに。……ムカつく。



苛々と胸中に蟠りが膨らんでいくのを感じながら、治療を続ける。頬に湿布を貼り、口の端には絆創膏、腕の切り傷には化膿止めの塗り薬を塗布してから包帯をグルグルに巻いた。ちょっと大袈裟なんじゃねぇかと誰かが見たら思うかもしれないが、ちまちまと傷全部に絆創膏貼るよりもこっちの方が楽だから腕を丸ごと包帯で覆い隠した。…その方が楽だと判断させる程、両腕の傷は多くて、広範囲だった。




「おら、完成」
「………ありがと」




未だ目線は合わせないが、小声でありながらも礼を言うあたり、訳を話さないことを一応悪いこととして把握しているらしい。自覚してんなら話せばいいものを。救急箱に道具を仕舞い、元の位置に戻しながら俺はどうしてもこうも頑なにヘッポコ丸が口を閉ざすのか、本気で考察してみた。


可能性があるのは…よっぽど話し辛い内容であるか、ただ話して事を大きくしたくないだけか…せいぜいこの二つぐらいか。つーかこれ以外に思い浮かばねぇ。




「…なぁ」
「………なに」





真意を探ってやろうと思って四つん這いでにじり寄ったら、不審者に向けるような目つきで睨まれた。しかも少し下がりやがった。意図的に距離を詰めてんのに離れんなよ、意味ねぇだろ。




「逃げんなバカ」
「ごめん、つい」
「ついってなんだよこの野郎」
「だって…恐い顔してるから」
「そうさせてんのは誰のせいだ? あ?」
「……俺」




素直に答えるヘッポコ丸。




「分かってんなら、説明したらどうなんだよ」
「ヤだ。言わない」
「なんでだよ。そんなに言い辛いことか?」
「………」
「…もしかして」




真ん前に腰掛けて、服の上から腰から下半身にかけてのラインをなぞる。いきなりの性的な触れ方にヘッポコ丸はびくりと身体を震わせた。





「こっち、狙われたか?」





スルリと触れられる範囲内で尻のラインをなぞり、嫌みったらしく聞いてやった。この問い掛けは青天の霹靂だったのか、ヘッポコ丸が頬を少し赤く染めながら「はぁ!?」と声を上げた。





「なんでそうなるんだよ!」
「まわされたから言いたくないんじゃねぇかと思って」
「そんな訳あるかっ! 俺をそんな目で見るのはお前だけだ!」
「いいや、少なくとも百人ぐらいは俺と同じ目でお前見てる」
「どこで取った統計!? とにかく、そんなの有り得ねぇから!」
「そうやって必死に否定すんのがますます怪しい…」
「勘ぐりすぎだよ!」
「んだとぉ? 人が心配してやってんのに」
「余計な心配だよバカ!」





人の親切心を悉く否定しながら、ヘッポコ丸は俺の頭をポカポカ叩く。傷が痛むのかそんなに力は強くないが、しかし殴られまくって穏和でいれる程俺は優しくないのであって。



早い話、押し倒した。





「なにしてんだー!!」
「あー? なにって……確認しようかと」





なんの、なんて野暮な質問を、ヘッポコ丸は投げかけてこなかった。今の会話と、俺の性格とを充分理解した上で、俺の行動の是非を考え倦ねている様子だった。照れと困惑と焦燥と、様々な感情が綯い交ぜになった顔で、ヘッポコ丸は俺を見つめている。何かを言いたげに口は半開きになっているが、そこからはなんの音も紡がれない。




傷に障らないよう注意しながら体重を掛けて動きを封じ、包帯を巻いた腕を取って剥き出しの手首に口付けた。消毒液と薬の匂いが鼻孔を擽る。抵抗の素振りを、ヘッポコ丸は見せなかった。



手首に唇を触れさせたまま、俺は我ながら意地の悪い笑みを浮かべてるだろうと自負しながら言った。





「さて、どっから触ってほしい?」
「…痴漢かお前は。もしくはただの変質者か」
「選ばせてやってんだからさっさと選べ」
「触らせないって選択肢があるんならそれを選択したいな」
「残念ながらんなもんねぇ」
「だよな」





ふぅ、と息を一つ吐いて、ヘッポコ丸は完全に四肢から力を抜いた。てっきり全力で抵抗するもんだと予想していたもんだから、あまりに従順なヘッポコ丸の態度に若干の違和感。なんだどうした、なんか変な薬でも飲まされたのか?





「別に変な薬とかは飲まされてないから」
「お、なんで分かった?」
「思いっきり口に出してただろうが」
「なるほど」





納得しながらヘッポコ丸の服を剥ぐ。あ、脇腹にも痣発見。服の下も結構醜い有り様になってた。なんでさっき一緒に確認しなかったんだ俺は。





「よし、抱き潰しながら傷を数えてやる」
「それは止めろ。治療は終わった後にしてよ」
「なんだ、抱かれる気満々か」
「お前が心配してるような卑しい事実は無いからね」





否定しても聞いてくれないなら大人しくヤられた方が良いよ、とヘッポコ丸は素っ気なく言った。





「無いならケガの原因言えば良いだろ」
「だから、嫌だって言ってるだろ」
「………」





頑固な物言いにそろそろ苛立ちに限界が募ってきた。ので、服越しにヘッポコ丸のアレを強く刺激してやった。まさかダイレクトにそこに来ると思っていて油断していたのか、ヘッポコ丸は大袈裟に体を震わせて「ひゃっ」と鳴いた。おー可愛い声。起ちそう。





「口が素直じゃねぇなら、体に聞くしかねぇな」
「っお、まえ……変態っ!」
「なんとでも言え」





悪いのはヘッポコ丸であって俺じゃねぇし、と自分でも意味不明な釈明をしつつ上半身の服を剥ぎ、ズボンもざっとズラした。あ、太股にまで青あざある。…チクショー苛々する。誰だ、人の彼女ここまでボコボコにしやがったのは。絶対殺す。半分殺してから裸に剥いてもう半分殺す。それほどに、犯人の犯した罪は重い。





綺麗な肢体は見事に傷だらけ、痣だらけ。俺の怒りはとっくにピークを迎えてる。怒りの矛先は勿論犯人に対してだが、少なからずヘッポコ丸にも怒りを抱いている。頑なに、口を閉ざすヘッポコ丸に。





「絶対吐かせるからな。覚悟しろ」
「…大丈夫、絶対負けないから」
「はっ、いつになく強気だなぁ。その強気がいつまで保つか、楽しみにしてるぜ」
「望むところだ」












――とか威勢良く言っていたわりに、ヘッポコ丸が屈伏するのは早かった。寸止めして寸止めして寸止めして…を十回ぐらい繰り返してたらあっさり吐いた。解放出来ない熱に全身を侵されて、ここがテントであることもはばからず泣きじゃくりながら許しを乞うヘッポコ丸に問い詰めると、本当にあっさり吐いたのだ。おいおいさっきまでの強情さはどこに行ったんだよと拍子抜けしちまったが、本来の目的は果たせたので良しとしよう。ご褒美にしっかりイかせてやったしな。俺って優しい。







種明かしされてしまえば、特になんというほどでも無い話だった。



ヘッポコ丸は図書館からの帰り道、薄暗い路地で学生風の奴三人が一人相手にカツアゲしてる現場を目撃しちまったらしい。放っておけなかったヘッポコ丸はそこに割って入った。で、案の定喧嘩を売られてそれを買ってしまったようだが、カツアゲしてたようなクズでも一般人なんだから、ということで真拳は使わず挑んだらしい。しかし近くに多くの仲間が潜んでいることに気付けず、真拳を使わなかったのが徒となり、袋叩きにあったとのこと。それでも全員ぶっ飛ばしたっちゃーぶっ飛ばしたが、一般人にボコボコにされた、なんてカッコ悪いから、言いたくなかったらしい。……くだらねぇ。結局自分の体面のためかよ。くっだんねぇ。





疲れきってぐったりしてるヘッポコ丸に治療の続きを施しながら、俺は「くだらねぇ」「くだらねぇ」と呪文のように繰り返した。ヘッポコ丸もそれは分かってるらしく、か細い声で「うるさい」と言い返してきた。





「お前が弱いなんざ今更だろ」
「うるさいってば! 絶対言われると思ったから言いたくなかったのに」
「そんなくだらねぇことで苛々した俺の時間を返せ」
「無茶言うな!」
「しっかしまぁ、」





最後の痣に湿布を貼ってから、全身をまじまじと眺める。体中包帯やらガーゼやら湿布やら絆創膏やらで、ボロボロもボロボロな体躯。裸体に包帯なんざ、いつもならエロいな〜ぐらいは思うのに、こうも満身創痍だとそんな邪念も抱けない。





「ひどい有り様だな」
「自分でも思うよ」
「こりゃしばらく無茶出来ねぇな」
「そんなこと無いよ、ちゃんと戦える」
「いやいやそうじゃなくて」





服を着ようとしていたヘッポコ丸を抱き寄せて、額に口付ける。そのどさくさに紛れて腰を撫でる。まだ熱が引いていないらしく、それだけで大袈裟に体を震わせた。





「っ…」
「コッチのこと、だよ」
「さっき、散々ヤったくせに…」
「あれはお仕置き兼ねてたからノーカンだ」
「屁理屈こねんな!」
「マジで言ってんだよ」




傷に触れないよう気を付けながら、ギュッと抱き締める。




「傷が完治するまでは、俺はお前を抱かねぇよ。なんの拍子に傷に触って、痛がらせちまうか分かんねぇし」
「……珍しく優しいね」
「死にかけの小動物を愛でてやるぐらいの良心は俺にもあるんだぜ」
「誰が死にかけの小動物だっ!」
「お前に決まってんじゃん。まぁそういうことだ。早く着替えちまえ」





ヘッポコ丸を解放してやって、着替えるように促す。ヘッポコ丸はあまり納得してないようだったが、文句は言いながらも大人しく服を着始めた。傷が痛むのかそれともまだ体がダルいのか、その動きは緩慢だった。手伝ってやろうかと思ったが、そうしたらまた襲いそうだったから自重。


再び広げた救急箱を仕舞い、とりあえず嬢ちゃん達が心配してるだろうから先に説明しようと思ってテントの外に出ようとしたんだが…。






「破天荒」





不意にヘッポコ丸が俺を呼び止めた。振り向くと、ヘッポコ丸はまだ下しか衣服を身に付けてなくて、たくさんの治療痕を残した上半身を晒した状態で、俺を真っ直ぐに見据えていた。



なんだよ、と問うと、ヘッポコ丸は挑発的な笑みを浮かべて言った。





「溜まったらいつでも言えよ? 口で抜いてやるから」





あまりに予想外だった申し出に、俺は思わず聞き間違いかと思って「は?」と聞き返しちまった。らしくないことを言ったことを自覚してるからか、浮かべていた笑みは少し歪になってた。頬もほんのり赤い。





…恥ずかしくなるなら言わなきゃ良いのになぁ。






思わず零れた笑みを噛み殺しつつ、俺は有り難くその言葉をいただくことにした。






「ありがとよ。けどな、俺をそんなに欲求不満にする前に、ケガ治せよ」
「……頑張る」





ぶっきらぼうにそう答えたヘッポコ丸を置いて、俺は今度こそテントから外に出た。長い時間テントに籠もっていたのか、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。少し離れた所で心配そうに待機していた嬢ちゃん達に事情を掻い摘んで説明して、心配ないと安心させてやる。ところてんが犯人をとっつかまえると豪語していたが、俺は「その必要はねーよ」と宥めた。





「俺がぶっ殺すんだからな」





















――数日後、とある路地裏で、多数の学生が全裸で倒れているのを地元住民が発見した。全員等しく瀕死状態で、最初に意識を取り戻した学生は「金髪の般若のような奴にやられた」と証言していたという。








そんな記事を読んでいたヘッポコ丸は、隣で上機嫌に口笛まで吹いてる破天荒を見て言った。




「……どうやって突き止めたの?」
「あ? 秘密」
「………」
 















隠し事は意味の無いものだと悟る
(破天荒)
(なんだよ)
(…ありがと)














怪我して帰ってきたへっくんを心配する破天荒さんを書こうとしてたのに、いつの間にやら暴走破天荒さんになった何故←

へっくんの怪我が完治するまでに破天荒さんは一回でもへっくんに抜いてもらったのかな? そこは読者様のご想像にお任せしますハハハハ。







栞葉 朱那

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