柄にもないな、と毎年思う。そんな思考に耽るのは、まだ梅雨が完全に抜けきっていない、六月もあと僅かにしか残っていない、そんな時である。




六月が終われば、当然ながら七月になる。そして七月になれば、すぐにアイツの――破天荒の誕生日がやってくるのだ。










七月三日。破天荒の誕生日。破天荒が、この世に生を受けた日。











この日が近付いてくると、妙にソワソワするのは俺の方だ。そして脳内を占めるのは『プレゼントどうしよう』という悩乱の一言。今時期最大の悩みである。





恋人同士になって、何度目かになる誕生日。別に誕生日に限った事じゃ無いけど、破天荒にあげるプレゼントには頭を悩ませる。今までも、プレゼントする物品を決めるのに膨大な時間を費やしてきた。きっとこれほどに悩む事象なんて他に無いんじゃないかと自負するぐらいだ。



だって破天荒ってさ、アクセサリーとかそういうチャラチャラしたの付けないしそもそも好きじゃないし、ぬいぐるみが好きーって乙女な部分があるわけでもないし、音楽聴かないからCDとか音楽プレイヤーとか無駄になるだけだし…というか、突き詰めてしまえばアイツが興味を抱くのは首領パッチ関連のことだけだ。でもアイツは自分で首領パッチのグッズ作っちゃうような奴だから、市販の首領パッチグッズ(コパッチ達が販売してる)をプレゼントするのも憚られる(よくよく考えたら気持ち悪いな)(なんで俺アイツと付き合ってるんだっけ)。







で、今年も例によって誕生日プレゼントどうしよっかなーと考え込むことになったのだが、意外な事に今年はあっさりと渡したいプレゼントが決まった。決まらない時はとことん決まらないくせに、閃いてしまえばそれで決定だ。なんとも都合の良い頭だと思う。毎年こうなら良いのに、とちょっと恨めしく思ったりもした。



で、善は急げと言うし、街に立ち寄った時に早速購入したのは良いのだが――購入の際にも色々紆余曲折あったのだが、語るのもおぞましいので省略――そのプレゼントを眺めて、また別の心配が襲う。『破天荒、喜んでくれるかなぁ…』という不安だ。それを抱いたまま、当日を迎えてしまったわけで。





いや、こういう不安も毎年抱いているモノで、今更不安がるのもバカバカしいんだけど。それでもやっぱりガッカリなんてされたくないし…喜んで欲しいって気持ちが一番心を占めるから、どうしても不安になってしまう。でも今更考え直したところで、買い直すこと時間なんてもう無い。だからもうコレを渡すしか無いんだけど…ああでもでもやっぱりあの時思い直しとけば良かったかなぁ……このプレゼント、俺の独占欲にまみれちゃってるとこがあるし…。





「って、後悔したって後の祭り、ってね」





呟いて、一つ息を吐き出す。不安は未だ拭えないけど、渡す決心はある程度固めて、出掛ける準備を始めるために立ち上がった。夜に破天荒の誕生日パーティーを開く事になっていて、俺は準備の間破天荒を街に連れ出す役割を担ってる。そろそろ破天荒を迎えに行かなきゃいけない。せっかく二人きりになれるんだし、プレゼントはタイミングを見て渡そうか…思いを馳せてプレゼントをポケットに突っ込み、そして意気揚々と扉を開けると――





「お」
「……なんで居るの?」





何故か、今から呼びに行こうと思ってた張本人が立っていた。




「なんでって…お前に用があったから。んで、ノックしようとしたらタイミング良くお前が出て来たんだよ」
「うっそくさぁ…」





紡がれた言い訳に、思わず疑念の目を向けずにはいられなかった。なんだその偶然あるわけ無いだろ。つーかその割にはお前突っ立ってたじゃん。ノックする素振りなんか無かったじゃん。腕組んで仁王立ちだったじゃねぇか。戯言もほどほどにしやがれ。


というツッコミが発される前に「とりあえず入れろ」と破天荒に押されて俺は部屋に逆戻り。パタン、と扉が閉じられて、はい二人きり。………じゃなくて!!





「何すんだ!」
「部屋入れろっつったろうが」
「い、言ったけど…何? なんの用事?」
「んー…とりあえずこっち」




こっち、と腕を引かれたのは部屋の角に設置されている簡素なシングルベッド。それに破天荒は腰掛けて、その膝の上に俺は抱き上げられる形で腰を下ろす形となった。なんだこの膝抱っこ状態は。




「…破天荒サン、恥ズカシインデスガ」
「お? お前が俺に敬語使うとか…今日はこれから雨か?」
「黙れ! 下ろせ!」
「やーなこった」




抵抗虚しく、破天荒に後ろからギュッと抱き締められて俺の動きは完全に封じられてしまった。明確な体格差故に、もう俺に為す術なんて存在しなかった。



俺を抱き締めたまま、破天荒は何も言わない。密着した体から伝わってくる心臓の鼓動に、破天荒の体温に、何故か俺はとても安心した。出掛ける予定なんて、簡単に思考から隔絶されてしまう。投げ出してはいけない任務だけど…この腕から離れたくないと、思ってしまう。最初に抱いた羞恥心なんて、最早存在していなかった。





「…なぁ」




心地良さに微睡んでいると、頭上から掛けられる破天荒の声。なに? と応じて顔を上げると、金色のつり目と目が合った。





「お前、俺になんか言うことねぇの?」
「言うこと?」
「今日がなんの日か、なんざ、分かってんだろ?」




言って、破天荒は不敵に微笑んだ。恋人としての欲目か、それがやたらとカッコ良く見えて思わず頬が熱くなった。


破天荒の指が、熱くなった頬を軽く撫でる。くすぐったくて小さく笑いを零してしまう。しかしなかなか『欲しい言葉』を言ってくれない俺にちょっと我慢が利かなくなったのか、その指が頬肉をにーっと引っ張った。




「ひょっと、にゃにしゅんのさ!」
「何言ってんのか分かりませーん」
「おみゃえのしぇいらろ!」





痛くは無いのだが、上手く話せないので紡がれる言葉は不明瞭で破天荒に伝わらない。…否、多分コイツは分かってる。分かってやってる。根拠は無いけど、確実に理解してる。クソ、この確信犯め。





「しっかしお前ほっぺた柔らけぇなー。男としてどうなの?」
「ほっとけ!」




クツクツと笑いながら離された指。まだ違和感のある頬を撫でながら抗議するけど、俺の言葉なんて何処吹く風。馬の耳に念仏状態。腹立たしいったらない。




「おいおい、拗ねんなって」
「拗ねてないし」
「拗ねてんじゃん」
「お前の気のせいだろ」
「……素直じゃねぇ奴にはお仕置きかなぁ」
「は――」





何がだ、と問う前に膝から下ろされ、そのままベッドに押し倒された。そして状況がイマイチ理解出来ぬままに仕掛けられた、破天荒からのキス。



啄むようなキスを繰り返した後、すっかり弛緩した俺の唇に割り入れられた破天荒の熱い舌が、好き勝手に俺の口内を蹂躙する。絡ませて、なぞって、吸い上げて、また絡ませて。





「ぁ…ふ…」




女のような、しかし既に耳に馴染んでしまった鼻から抜けたような甘い吐息はまさしく自分のモノ。破天荒に開発されてしまったが故、口内も今や立派な性感帯となってしまった。その気にさせるつもりなのか、そもそも自分がその気なのか…翻弄され続ける俺には、分からない。




「は…抵抗しなくなったな」
「…はぁ……そりゃあ、ね…」
「初めはあんなに嫌がってたくせになー」
「そうさせたのは、お前だろ?」
「違いねぇな」





充分にキスを堪能出来たのか、破天荒は満足そうに笑って俺の隣に寝転んだ。シングルベッドに男二人は少々手狭だ。落ちてしまわぬように少し、本当に少しだけ、破天荒との距離を詰めた。ほんの少しの距離なのに、既に密着していた体はより一層密着度を増した。破天荒の胸元に顔を埋める形になって、再び聞こえてくる破天荒の鼓動。破天荒が、生きてる証。




「どうした? 今日は甘えただな」
「…今日ぐらいはね」
「ん?」
「誕生日おめでと、ってことだよ」




『欲しい言葉』をちゃんと伝えて、自分からギュッと抱き付いた。破天荒がまた小さく笑ったのが振動で伝わってきた。何を笑う必要があるのか、分からなかったけど追求はしなかった。




「やっぱお前に言われんのが一番嬉しいわ」
「もう誰かに言われたの?」
「いんや、誰にも会ってねぇよ。誰にも会わねぇように、ここに来たからな」
「…これが用事だったわけ?」
「おぅ。やっぱこういうのは、可愛い恋人に一番に言われてぇじゃねぇか」
「……バーカ」





ホント、破天荒はカッコいい。こんな気障ったらしくて臭いセリフも、破天荒が言えば一流の口説き文句に化けてしまう。それに絆されてしまう辺り、俺は相当破天荒が好きなんだと実感する。今更だけど。




「…あ、そうだ」




プレゼントの存在を思い出して、寝ころんでいた体を起こしてゴソゴソとポケットを漁る。すぐに見付かった目的の物を、はい、と未だ寝そべる破天荒に差し出した。破天荒はそれを数秒見つめた後、ゆっくりとそれを受け取った。そしてそれをしげしげと眺めながら、「なにコレ」と言った。分かって言ってるのかそうじゃないのか…。




「誕生日プレゼント」
「…別にお前でも良かったんだぜ?」
「バカなこと言うな。黙って受け取って」
「ちぇ。まぁ、あんがとな」





残念、とでも言いたげに唇を尖らせながら、しかし満足そうに笑って破天荒は綺麗な包装が施された(購入店でやってもらった)箱をまたしげしげと眺めながら、破天荒もまたその体を起こした。


至極丁寧に包装紙を剥がしていく破天荒の指を追いながら、俺の心臓は次第に鼓動を早まらせていく。結局最後まで拭えなかった不安が、開封される今になってまた沸き上がってきたのである。しかしそんな俺の不安は、すぐに杞憂となる。




「……香水?」
「…うん」





黒いパッケージに包まれているそれには白色の筆記体で『EGOISTE』と記載されている。その中に長方形の黒いキャップの容器が一つ。オリエンタル系と部類されるそれは、紛れもなく香水だ。







「こういうの、趣味じゃないってのは知ってたんだけど…今年は、それが良いって思ったんだ」


「あんまり言わないけどさ、俺、結構嫉妬してるんだぜ? お前と首領パッチのこと。師弟関係なのは頭では分かってるけどさ…割り切れないとこは、やっぱりあって」


「破天荒は俺のなのに、って何回も思ったけど、二人の間に割って入る勇気なんて俺には無かったし…」


「だからそれは――マーキングのつもりなの」


「破天荒は俺のなんだって――誰にでも分かるように」





矢継ぎ早に成された説明にもならない言い訳を、破天荒はポカンとして聞いていた。弁解にもならないそれをペラペラとまくし立てる俺の頭の中は実は真っ白で。



こんなこと言って嫌がられるんじゃないかって後悔が風船みたいにどんどん膨らんでいったけれど、渡してしまった手前…そして言ってしまった手前、最早俺は引き返せない。だから、言いたいことだけ存分にぶつけた後に訪れた沈黙に、俺は押し潰されるんじゃないかってぐらいプレッシャーを感じていた。





「…マーキングねぇ」





沈黙を破ったのは破天荒だった。プレゼントを受け取った時と同じ、満足そうな笑みはそのままに、その香水を取り出して身体に纏わせていく。ふんわりと香る甘いムスクの匂いに、俺は小さく息を吐いた。


店で何十分も迷った末に見つけたこの香水。破天荒にピッタリだ…って、即決即断してしまった一品。予想通り、破天荒が纏うのには似合いすぎていた。




「お前のそういう独占的な言葉、初めて聞いた」
「…言えなかったもん」
「言えば良いんだよ。俺は大歓迎だ」
「だから、そんな軽々しく言えないってば」
「言えないからって、マーキングと称して香水買って来るってのは斬新だな」
「……キスマークなんて、すぐ消えちゃうし見えないじゃん」





だから、見えなくても分かるシルシが欲しくて…と言う俺の声がだんだんと尻すぼみになっているのは明白だった。それはただ単に己の独占欲を赤裸々に告白するのが恥ずかしいからで…まぁ香水をあげてからこんな羞恥心を抱くのはなんだか順番が違うような気がする。本来なら香水を渡すところで羞恥心を抱くべきだったろうに。キスに絆されて羞恥心を抱くタイミングが狂ったらしい。




「可愛いなーお前」





言われ、その大きな手の平でわしゃわしゃと頭を撫でられた。それは破天荒がお気に入りの行為。子供扱いされてるみたいで俺はあんまり好きじゃないんだけど、今日は未だ引かない羞恥心からその腕を振り払えない。顔を上げたら赤くなった顔を直視されてしまうから、だったらこうして撫でられていた方がマシだった。




「可愛いなんて言われても嬉しくない」
「俺は真実を言ったまでだぜ、ヘッポコ丸」
「……むぅ」
「大事に使わせてもらうぜ、この香水」
「………」
「お前からの独占の証。良いじゃねぇか。マーキングされてやるよ」





言って、破天荒はまた俺を強く抱き締めてきた。さっきの抱擁との大きな違いは、その首筋から香る甘いムスクの匂い。『EGOISTE』――利己主義者と銘打たれたその香水が放つのは、俺をあっという間に酔わせてしまう色香。数日この香水をつけ続ければ、破天荒の体臭と混ざり合って、この世に一つしか無い香りへと生まれ変わるのだろう。





その香りに包まれるのは俺の特権で――俺があげた『EGOISTE』無しでは生成されないモノで。






「(エゴイストなのは、俺の方なのかもな…)」





思って、一人苦笑する。そして俺は破天荒の首筋に一つキスを落として、そして頬にも唇を押し付けた。


これは、俺からの誘惑のサイン。破天荒はその意図を容易く読み取り、唇に小さなキスを送ってくれる。




「俺の誕生日パーティーのために出掛けなきゃならないんじゃないか?」
「夜までこの部屋から出なきゃ、問題無いんじゃないの?」
「ハハ、違いねぇや」




じゃああんま声出すなよ、なんて無茶な注文を突き付けて、破天荒は俺の身体に指を這わせ、舌を滑らせる。破天荒が動く度に鼻を擽る『EGOISTE』の香りを、俺は胸いっぱいに吸い込んだ。















マーキング
(あれ、破天荒さん香水つけ始めたんですか?)
(おぉ。可愛い猫にマーキングされちまってな)
(いちいち言わなくて良いんだよ!)














2011ver.破天荒さん誕生日記念小説です! お粗末さまでした(^^) 香水でマーキングって面白い! と一人銘打ってこんな内容となりました。うちのへっくんはなかなか独占欲を表に出さないので、今回はそれを全開にしてみました。うん、完全俺得←







栞葉 朱那

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