華
□桜香
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冬の寒さも幾分か和らいだ三月。寒さが緩んだとは言えど、まだ朝はやや冷え込む。
独特の澄んだ風が吹き抜けた。息を吸い込むと、冷ややかな空気が体を満たす。
その瞬間に、ふわりと桜の香りが何処からか届いた。決して強い香りではない、優しい香り。それが咲いているわけではない。
誰かが摘んできたというわけでもない。其処にない筈だというのに、確かに香る桜の香り。
もう一度辺りを見回してみても、桜など何処にもない。
「斎藤さん、何かお探しですか?」
ふと、庭の掃除をしていた千鶴が声を掛けてくる。
「千鶴、何処からか桜の香りがしないか。」
「桜、ですか?」
訝しげに首を傾げると、辺りの匂いを嗅ぐ。
「…いえ、私には分かりませんが…。」
「そうか…俺のただの思い違いだったのかもしれんな…。」
「桜の香りがしたんですか?もしかしたら誰かが早咲きの桜を摘んで、この近くを通ったのかもしれませんね。屯所の桜が咲くのはまだもう少し時間がかかるみたいですけど…。」
そう言って、庭の桜の大木を見上げた。