二つの心

□二つの心1
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 いつも通りの日常、何の問題もなく過ぎていく時間、でも確かに俺の中では変わっていたのかもしれない。

「忘れ物はない、よな……」
「隼斗、帰る準備できたか?」

 放課後の柊学園。
 俺が帰る準備を終わらせるのと同時に呼ばれる。
 声のした方を見ると幼馴染でクラスメイトの五百重翔が鞄を持って立っていた。

「ああ、今ちょうど終わったところだ」
「タイミング良かったか」
「相変わらず俺の事をよく知ってるな」
「そりゃあ当然だろ?伊達に何年も幼馴染やってないって。お前だって俺の事よく知ってるだろ」

 俺の言葉に対して楽しそうな表情で笑う翔。
 その様子に俺は肩を竦める。

(お前の場合は俺自身が分かってない事ですら理解してるからある意味怖いんだよ……)

 そう思いながらも俺は帰るために立ち上がろうとしたその時。

「隼斗!翔にぃ!帰ろうぜ!」
「梓、もっと静かに呼んだ方が良いって」

 突然大声で呼ばれて俺も翔も肩をビクつかせた。
 声がした方を見ると。

「大声を出すな、梓。周りに迷惑だろ」

 従弟の柿本梓とその友達の秋葉白が俺たちを見ていた

「そうだぞ梓、そんなに元気ならサッカーの自主練して来い」
「ひっでぇ!俺にだけ辛辣!白もいるのに!」
「「だって白は大声で言ってないから」」
「……」

 子どもの様に両頬を膨らませて拗ねる梓。
もう高校生でその拗ね方は無いだろ。

「どうせ、どうせ俺は……」

 梓の横では白もため息を吐いている。
 全員同じ気持ちなんだな、梓以外。

「この歳になってその拗ね方はないだろ。そんなことをしている暇があったら早く帰るぞ」
 もう一度溜め息を吐いて、今度こそ帰るために立ち上がる。
「……」

 廊下ではまだ梓が不満そうにしている。
 拗ねているに近づいて梓の頭を軽く撫でてやる。
 するとあっという間に嬉しそうな顔になった。

「えへへ……」

 昔から思ってたけど梓は頭を撫でられるのが好きらしい。
 単純だ。

「帰ろう」
「おう!」

 少し前を見るともうすでに翔と白が少し遠くに見える。
 それを追いかけるように梓と二人揃って小走りで走っていった。






「あ、そうだ、隼斗と翔にぃに聞きたい事あったんだけどさ」

 校門を出てすぐに梓が俺たちの方を見てそう言ってきた。
 聞きたい事、があるらしい梓の顔を見ると何故か楽しそうな顔でこちらを見ている。
 何か面白い事でもあったか、俺たちに。
 俺と翔で顔を見合わせるが心当たりはない。
 なんだ、本当に。

「あと三か月したら学園祭じゃん?うちの学校って前日祭と本祭とあるけど実際に何するのかなぁって。明日クラスで出し物決めるって言ってたから参考に聞きたいなって思ってさ」
「そう言えば俺たちも明日決めるな、確か」
「明先生が担任だから悪ノリしそうだから正直やりたくないけどな」
「俺は何でも良い。特に希望とかないしな」
「隼斗……お前いい加減に何かこうしたいとかこれが欲しいとかそういったの持てよ」
「別に困らないから良いと思うんだけど」
「無欲すぎる」
「その言葉は聞き飽きた」

 俺が希望を言わないときに必ず翔とする会話。
 俺は何故か何かを欲しいと思ったり何かを強く願ったりといった欲求が少ないらしい。
 日常生活に困らないから別にいいと思うんだけど。むしろ無欲の方が金銭面とかに関しては役に立つような気がする。
「ね、ねぇ……兄さん何かするの?」

 学園祭の話から脱線し始めた俺たちの最初の会話が気になったのか、突然白がそうやって聞いて来た。
 俺と翔の担任である秋葉明先生は白のお兄さんだ。明先生の話しすると大体白は不機嫌そうな顔をするんだけど……してたな。やっぱりどうあがいても嫌な顔をするんだな。

「明先生のクラスは大体変なのだって聞いてるな。メイド喫茶とかコスプレ物の店とか女装男装とかそういうのをやってるらしい」
「え、なにそれ明先生何がしたいわけ」
「学園祭だからな。定番のネタをやりたいだけだろ」
「……兄さんのクラスじゃなくて良かった」

 白は安心した様子で息を吐いている。
 本当に嫌だったんだろうな。
 明先生は普段は普通の先生だが弟の白に対しては異常な愛情を注いでいることは学園でも有名だ。
 あの有名なブラコンってやつらしい。
 まぁ白は見た目が女子みたいだから心配なのは分かるけど溺愛ぶりを直接見ると普段の様子とは全く違うからショックが大きいかもしれない。

「白が明先生のクラスになったら確実に女装させられるだろうな」
「隼斗!?」
「あり得そうだ……明先生だし」
「翔先輩まで!」
「あそこまで白の事を溺愛してるしなぁ」
「梓うるさい!」
「ひでぇ!!」

(明先生なら本当に白に女装させそうだけど……これ以上言うとさすがに白が可哀想か)

 隣で白が梓に対してまだ文句を言っている。
 そろそろ止めないと梓が助けを求めてくるのは分かっている。
 何故か梓は白に怒られると勝てないらしい。

「ほら二人ともちゃんと前を見てないとあぶな……」

 危ないぞ
 そう言い終える前に白の体が突然前に倒れはじめた。

「白!」

 地面に体をぶつけない様にとっさに腕を引いて抱き込んだ。

「大丈夫か、白」
「う、うん……で、でも、なんか腰に何かが付いて……」

 違和感を感じたらしい白と一緒にその場所を見る。
 見えたのは人の腕と頭。
 よく見るとそれは知っている人物の物で。

「明先生……何してるんですか」
「やぁ、櫻井くん。白の後ろ姿を見てつい抱きしめたくなってしまったんでね」
「抱きしめるというよりも抱き着く、が正しいような気がするんですけど。あと思いっきり走って白に突撃したことが今分かったんですけど危ないですよ。勢いありすぎです」

 白に抱き着きながら平然と言ってくる明先生に溜め息が出る。

「君か柿本くんが支えるだろうと思ってね」
「俺たちに頼らないでください。白、大丈夫か?」
「へ、へいき……ありがとう、隼斗」

 そう反応を返して来る白の顔を見ると少し顔が赤い。

(なんだ?何かあったのか?)

 俺が首を傾げると白は目を逸らしてそのまま明先生の方を向いた。
 そしてそのまま明先生に向かって思いっきり持っていた鞄をぶつけた。

「こんのバカ兄貴!いきなりなんだよ!いつもいつもそうやって抱きついて来るの気持ち悪いって言ってるだろ!何回言えばいいんだよ、教師のくせに学習能力ないわけ!?バカなの!?バカなんだよね!?いい加減にしろ!」

 本気で怒っている様子の白はずっと明先生に鞄を振り下ろしながら説教する。
まぁ今回は下手をすれば怪我をする可能性があったわけだし仕方ない気もするから俺は何も言わない。
でも、白にしては珍しく大声で怒鳴っているから翔と梓が止めに入った。

「白落ち着けって、明先生が物理的にへこむぞ」
「明先生も白に怒鳴られて嬉しいからってニヤつかないでください。先生のそんな顔みたくないですよ、俺たち」

 二人揃って俺を見ながら呆れた様子で止めに入っていくので仕方なく俺も加わろうとする。
 でも、それは出来なかった。
 動くのを止めた俺に気付いたのか、翔が俺を見て首を傾げる。

「隼斗?どうした」
「あ、いや、何でもない」
「そうか?」
「ああ、大丈夫だ」

 翔にそう言って笑いかけると納得したのか白たちをもう一度止めに入る。
 俺は一瞬だけ目線を地面に下げて深呼吸してから翔たちに加勢するように止めに入った。

「あ、もうこの場所か」

 白がちょうど落ち着いた頃、梓が道の真ん中で立ち止まる。
 そこはちょうど十字路になっていてこの場所が俺たちの自宅に帰るための分かれ道だった。

「じゃあ翔、白、明先生また明日学校で」
「翔先輩、明日の朝練っていつも通りの時間だよな!」
「ああ、寝坊するなよ、梓」
「隼斗、さっきはありがとう、ごめんな」
「気にしなくて良いよ、怪我が無くてよかった」
「みんな気を付けて帰るんだよ」
「はーい」

 各々が挨拶を交わして自分たちの家に向かって帰っていった。
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