夕方、事件が起こって出動し、帰る時にはもうすっかり陽は落ちて、
空には真ん丸の黄色い月が浮かんでいた。
ちょっと付き合えよ、といって嫌がるバニーを引っ張って訪れたのは、
いきつけラーメン屋だ。

俺の家と会社の間にちょうど位置する
この古く、清潔かと言われると少し首を傾げたくなる様な店構えのラーメン屋を、
俺はとても気に入っていた。

だってすげー美味しいんだ。
体つきががっちりしており、顎にたっぷりの髭と
まんべんなく肉を蓄えた太鼓っ腹の店主はまるで山賊みたいで、
大雑把そうなのに、
ここの豚骨ベースの醤油ラーメンのスープは
つやつやと取れたての真珠のように白く輝き、
果てしなく繊細な味がするんだ。




「親父さん、ラーメン2つ」
カウンターに座って声をかけると、あいよ、小さく返事が聞こえる。



中途半端な時間に来たから、俺ら以外の客は一人しかいない。
空っぽのどんぶりの前で、楊枝をくわえ紙に穴あくんじゃねぇのってくらい
真剣に新聞を読みふけるおじさんだけだ。






さっきからこっちを見ようともしない相棒に俺は話しかける。
「お前もしかしてラーメン食べるの初めて?」


「なっ、まさか!それくらい僕だってあります!」
「ははっ、だよなぁ」



「ちゃんとくってんの?」

「またその話ですか?人間なんですから食べてるに決まってるじゃないですか。
僕には構わないで、自分の食生活を見直したほうがいいんじゃないですか?
だいたい僕はあなたとちがって自炊だってしますし、外食だって体にいい」






「ラーメン2つおまち。」



バニーの声を遮って、ゴトリ、と熱々の器が二人の前におかれた。
湯気で前が曇る。

美味しそうなにおいを嗅いだら、さっきまでブスッとしていたバニーの顔も
幾分か和らいだように感じた。









細くまっすぐな麺と、具はメンマ、もやし、
のりにチャーシュー二枚、
縦に真ん中で切った卵が、黄色い黄身を愛らしくさらけ出し
ぷかぷかと仲良しの夫婦みたいに2つ寄り添って浮かんでいる。




俺は胡椒をかけて割りばしを割り、いただきます、といった。




バニーのほうからもいただきますと聞こえる。




ラーメンを啜ると、あ、胡椒たりねぇな、と思ってもう一度胡椒の小瓶に手を伸ばした時、
横から半分になった煮卵が一つ、
俺の器の中に入ってきた。


「?」




「…今日、ありがとうございます。」
バニーが下を向き、じっとラーメンを見つめながらポツリと呟いた。



「あなたが誘ってくれなかったら、確かになにも食べなかったかもしれません」

弱々しい声音が、胸に突き刺さる。






誰だってすべてを完璧にできる訳じゃない。
バーナビーは優秀といってもまだ若く、
ヒーローになったばかりなのだ。

ミスくらいするに、決まってる。

けど、プライドの高いこいつに、
面と向かってそんなこと説いたって煙たがられるだけだ。

反省や自分のいたらなさを誰より痛感しているのは彼自身だろうから。






「別に...俺、今日スゲーラーメン食べたかっただけだし、卵くれんの?やさしー」



俺はニコニコ顔で
3つになった卵の一つを口に頬張りながら、
バニーの方を向いたら、

こともあろうかハンサムで、
スタイリッシュな彼の眼鏡が湯気で真っ白に曇っていた。



「ぶっ!」



ベタすぎる、コントかよ、
と腹かかかえて笑ったら
ムッとしたバニーが、
素早く俺の器からチャーシューをかっさらっていった。


しかも、全部。





「うわ!ひでえ!ええ!!二枚とも!?」

俺、チャーシューは残しておいて
後から楽しむ派なのに!!!


「てめぇ、この」



そういってる間に
もう肉を口のなかに入れて、
何食わぬ顔で咀嚼しているバニーの器の中の
チャーシューを狙う、俺の箸が虚空をきった。











チャーシューがなくなった俺のラーメンの上には
まるでさっき見た真ん丸い月みたいに、
二つの卵だけが
ぽっかりと浮かんでいた。
































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