春:花筐(著/しょうこ)
夏:夏の匂い、君の痕跡(著:結逢)
秋:奏雨に消えた悪魔の話(著:結逢)
冬:WHITE BREATH(著:しょうこ)

※サンプルは夏と秋のみです。
4編のサンプルを読みたい方は後日支部に上げますのでそちらをご覧になってください。



夏の匂い、君の痕跡


(※一部抜粋)


「火傷、大丈夫みたいだね」
「へっ?」


ぎゅっと瞑ったままだった目を開けると、寂しそうな表情を浮かべた雪男の掌がするりと火傷したはずの脚に触れていた。
まるで自分が痛い思いをしたかのような顔で、ツキリ、と心に棘が刺さったみたいに痛くなる。


「もう痛くねえよ」


傷の痛みはすぐ消える。
その代わりに心が痛くなる。
燐にとってはこれが意外に結構きつくて、人間であった時の方が楽だったかもしれないと思えた。


「兄さん」


低い声に呼ばれて触れられた部分全てが、どんどん疼いていく。
再び塞がれた唇も、絡め取られた舌も。
辿られた首も鎖骨も胸も、吃驚するくらい次々と熱を孕んでいく。
燐は触られる淡い感覚に身を震わせ、次に与えられる感覚に期待を募らせてそれを見ていた。
滑っていく舌が濡れた筋を引いて一か所に留まると、熱すぎる舌がそこで躍動する。
もう片方も不器用なはずの指先が今は器用にその先を弾いていた。
出したくなかった声が吐息と共に小さく漏れそうになって、燐は腕を口元に押し当てるしかない。


「ん、……っう……」
「誰にも聞こえないよ」
「お、おまえに聞こえるだろうが!」
「いいじゃない」
「やだ、絶対、無理……」


雪男が楽しそうにふふ、と笑った。
答えはなかったが、きっと今燐が言ったばかりの言葉が本当かどうかを試してくる。
そういう時の意地悪な顔が、燐には一瞬見えていた。
胸の小さな尖りから口を離した雪男は、身体を起こして自分のシャツのボタンに指を掛けた。
汗で張り付いた髪を掻き上げる仕草とか、普段見ているはずなのにこんなに性的に見えたことは今まで一度たりとも無かった。
脱いだシャツはらしくなく床に放られ、ばさりと音を立てて落ちていった。
鍛えられた身体は月明かりを背中に受けている。


「尻尾、絡み過ぎでしょ。これじゃあ動けない」


意識せずに絡んでいた自分の黒い尻尾に、恥ずかしさでその全部の毛がぶわっと逆立った。
慌てて解放してやると雪男の身体が再び燐の近くに帰ってくる。さっきよりももっと下の方へ。


「あああああんまり見んなって!」


やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしい。
動きを止めたままの雪男の息が掛かる。男のそんな状態のものなど見たことなどないだろうから、勉強家の雪男が真面目に興味津々なのもわかる。
だが燐からすれば今の状態は恥ずかしさでどうにかなりそうなのだ。
文句を言われる覚悟で隠してしまおうと持っていった手は、意味もなさないまま呆気なく雪男の手に捕まった。


「もうお腹まで付きそう」
「……実況すんな、馬鹿!」


既に晒されていた部分に初めて触れられて、熱が更に集まっていく。
誰かに触られるなんてなかったが自分で触るのとこんなにも違う。


「すごい、何というか、兄さんが」
「だから言うなって……!」


濡れて滑りの良くなった雪男の手が少し戸惑いながらもゆっくりと動き出した。
くちゅくちゅと淫らな音をさせ、擦りあげられて息が途切れ途切れに上がっていく。
与えられるもうひとつ足りないような刺激がもどかしいが、雪男が時々見上げて視線がぶつかると、ぞわりと背中に何かが走って快感に変わる。
雄の顔をした雪男が燐を見る目は、深い海に火が灯るようだった。
それだけでさっきよりも息が乱れて、このままではあっという間に達してしまうと考えているうちに、滑る掌の動きが変わって今度は生暖かくて柔らかいものが絡みついてくる。
見ればAVなんて比にならないくらいの破壊力を持って、雪男の舌が燐の昂りをねろりと舐め上げていった。


「視界が、やべぇ」
「視界だけ?」


雪男の愛撫は拙いながらも一生懸命だ。それだけでぐんぐんと熱が上がる。
燐が「視界が」なんて言ったものだから気持ち良さには足りていないと判断した雪男は、勃ち上がったものを根元まで咥え込んだ。








奏雨に消えた悪魔の話


(※一部抜粋)


今日も雨が降っている。
夕方から降り出して、昨日と同じように大きな雨粒が音を立てて地面を濡らしていた。
昨日の教訓から鞄に忍ばせていた折り畳みの傘を開いて屋根のない道に出ると、雨は傘の布をぽつぽつと叩いて音を奏でる。
時々木の葉に溜まった雨が纏まって落ち、不意に大きな音を立てられるとそれが何かのリズムに聞こえたりして。
子供でもないのにちょっと楽い気持ちになる。
昨日走った道を今日はゆっくりと歩いていた。
傘を持つ人の顔は皆半分隠されたように見えはしない。
知らない人ばかり通り過ぎていく中に、少しだけ意識的に目を凝らす。
特に気になる事もなく、何も感じないまま普段通りだった。
それならば何故、昨日のあの人は違ったのか。
これだと思える理由がさっぱり見当たらない。
水溜りを避けながら進み、あの道へ出る。昨日雨宿りさせてもらった深緑色のテントが見えてきて、そこからは昨日なかった灯りが漏れていた。
雨が降っているわけだし、外のテラスには人はいない。勿論、あの青年の姿もなかった。
中を覗いてみたが混んでいる様子も無くて、雪男はそのままベルの付いた扉を開けた。
コーヒーの香りは好きだ。自分で淹れるのは得意ではないからこうしてたまに珈琲店に足を運んだりする。
大抵が大手のチェーン店で、こうした個人でやっている店には入ったことが無い。けれど、ここは雰囲気がとてもいい。住宅街の中にあるこじんまりとした場所だが、落ち着いて時間を過ごせそうだと席に着いた。


「ブレンドコーヒーと、このホットサンドをお願いします」


アルバイトの人だろうか。まだ学生のような男性が「畏まりました」と小さく頭を下げた。
今日の夕食はこれでいいだろう。忙しくしていて昼食は随分遅かったのだ。
座った席からは窓ガラス越しに外の景色が良く見えて、頼んだものが来るまで雨ばかりの外をただ眺めていた。車がたまに通るくらいで、人の姿はやはりない。


――もうちょっとだけここで待つよ。


あれから彼は、知り合いの人とは連絡が取れたのだろうか。あんなに濡れて風邪など引かなかっただろうか。あの後、ちゃんと家に帰ったのだろうか。
まるで気になる女性の事を想うように、次々と出てくる気持ちにこれは何事かと眼鏡の位置を意味も無く直して、その手で顔を覆った。
正直に白状すれば、昨日家に辿り着いて家に上がることも無く玄関で暫く考えていたのだ。
彼はもう少しあの場所にいると言っていた。
その「もう少し」の間に知り合いの人と連絡が取れて迎えに来てくれたりしたのなら、それがベストだ。
しかし、そうとは限らない。
そのまま連絡が取れなくてあの場所で無意味な時間を過ごし、また雨が強くなって帰るのに困ったら。
そう考えると何か出来ることは無いかと思いを巡らせる。
服も濡れていたし、あのままでは絶対に良くないことは明白だ。
何かしたいと思うけれど、今日会ったばかりの人間に「連絡が付くまで家にいたら」と言われるのも戸惑いを隠せないだろう。
それならばせめて、傘とタオルぐらい渡せたら。
雪男は即座に引き出しに仕舞ってあったタオルと傘を掴んで部屋を飛び出した。
階段をうるさいくらいに駆け下りて雨の中を走って戻る。
跳ね返る泥など気にすることも無い。
けれど、懸命に走って辿り着いた先に彼の姿は無かったのだ。


「お待たせしました」


昨日の事を考えていたら、店員の声で我に返った。
ことり、と丁寧に置かれたコーヒーからは良い匂いがして、隣に置かれたホットサンドと共に暖かな香りを届けてくれる。
出されたおしぼりで手を拭って、コーヒーを一口含むと何だか懐かしい気持ちになった。







続きは是非スマート本で……!






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