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□不機嫌なシッポ
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食事が終わると何となく不機嫌なままの兄さんは使い終わった食器を手に厨房へと向かう。カチャカチャと自分の分を積み重ねて向けられた後ろ姿にある黒い尻尾は低い位置でぴこりぴこりと歩くリズムに合わせて地味に跳ねていた。
今日の兄さんはいつにも増して頑固だ。
機嫌が悪い分少々扱いにくいし。
それでも作ってくれた食事に感謝して家事に関しては自分ができることは少ないけれどやれることはやっておきたい。
「僕がやるよ」
追い掛けるように厨房へと向かい、背後から食器を置いて蛇口に手を掛けて俯いていた顔を下から覗き込むと眉間にシワを寄せて口をへの字に曲げた顔でぎろりと睨まれた。
「いいって。部屋行ってろ」
「このくらい出来るって」
「......ったくおまえは」
「?......うわぁっ!?」
視界がぐるりと回って難なく担がれてしまった僕は暴れて手足をばたばたと動かし抗議の声をあげたが、喧嘩慣れしている兄さんはどこをどうしたら簡単に動きを封じらるかなんてことは教えなくてもわかっているらしい。暴れるだけ無駄と悟った僕は抵抗をやめ、されるがままに自分よりも少々小さな背中に背負われた。
そういえばまだ僕らが中学生の頃、同じ様な事があったような。学校から帰宅し、夕方から任務に行く準備を兄さんにバレぬようにしていた時の事だ。僕より帰りの遅かった兄さんは僕の顔をじっと見つめるなり「今日は塾休め」と言った。その頃すでに祓魔師として働いていた事は隠していたからどうにも答えに困ってしまったが、任務に行かないわけにはいかなくて強行突破をしようとしたが敢えなく捕まり担ぎ上げられて部屋に監禁、神父さんに連絡したいと懇願したが自分が伝えると部屋から出してもらえなかった。電話をしに兄さんが部屋を出て数分後、携帯を震わせたのは神父さんからメール着信だった。
『今日は俺が代わってやるから心配無用だ。あいつ完璧にブラコンだな』
何を指してブラコンなのかがよくわからなかった。そして何故兄さんが塾を休めと言ったのかも。
厨房から602号室までの距離は結構長い。
背負われているから触れる体温が心地いいし、一定のリズムで上っていく階段分だけ揺れるのが次第に眠気を誘う。段々と瞼を開けていられなくなって兄さんの浮き出た肩甲骨に頬をくっつけると洗剤の香りとよく知った香りが僕の肺を満たしていった。
「ん、しょっと」
コロンと投げ出されたのは自分のベッドの上で、離れてしまった香りを探すように薄く瞼を開けると呆れたような兄さんの顔が目に入って珍しくため息を吐いている姿にちょっと新鮮さを覚えた。
「寝てんじゃねえか」
「気のせいだろ」
「可愛くねーな」
「可愛かったら気持ち悪いだろ」
「ホントに可愛くねぇ。早く寝ちまえ」
クルリと背を向けた兄さんは不機嫌な音を立ててドアを閉めた。ドタドタと品の無い足音が徐々に小さくなっていくのを聞き届けるとまた睡魔が襲ってくる。動きたくないと考える思考回路は自分が思っている以上に疲労が溜まっていることを意味しているんだろう。うつらうつらする意識でベッドの天井をぼんやりと見つめた。
******
「よっし、これで終わり!」
ぱんっ、っとシーツを叩いて空になった洗濯物用の籠を片手で持ち見上げると一面に青い空が広がっていた。パタパタと揺れる洗濯物の配置は完璧、洗濯挟みの止め忘れもないし、新しく見つけた柔軟剤の香りもなかなかだ。
「あいつの布団も干したかったけど」
掃除も終ったし、俺の今日の仕事は残るところ飯作りくらい。
雪男はあのまま寝ただろうか。もしや起き上がって「まだやることがある」だの何だのと休めていないのではないだろうか。そう考え始めるとどうしてもそっちの可能性が高いんじゃないかと気になって仕方がなくなる。
「......部屋戻っかな」
洗濯籠を前後にぶらぶらと揺らしながら階段に繋がる扉を開けて足早に階段を下る。さっき雪男を背負ったときの背中の感触がやけに鮮明に残っていて無意識に空いている左手を肩から背中に沿わせた。今は無い温もりが妙に欲しくなる。誰もいない静かな階段にまたひとつため息が溢れた。
******
そっと部屋の扉を開けると正面の机に雪男の姿は無かった。どうやらベッドにいるらしい。持ってきた半凍りのミネラルウォーターを机の上に置いてから雪男のいるベッドにそっと腰掛けるといくらか沈んだ拍子にこちらへと寝返ってくる。安心しきった顔を見る限り起こしてはいないようだ。
「ったく働きすぎなんだよ...最初っから素直に休んどけっつの」
ぼそりと呟くときゅうっと眉間の皺が深くなった。
「今日は兄ちゃんに甘えてゆっくりしろ。すし詰めはゆるさん」
眉間の皺をそっと撫でて髪に触れると僅かに唇が薄く開いた。
「......善処...します」
不服そうな教師口調な物言いに思わず口を手で覆った。何で「善処します」なんだよ。吹き出しそうになった笑いを飲み込んで、そうっと頬に触れるか触れないかくらいのキスを落とした。
「今日はずっと一緒にいような」
小さく耳の傍で囁けば眠っているはずの顔はふんわり笑って伸びてきた両手に抱き締められる。確かめるように胸に顔を埋められては愛しさは一層増してしまう。
「ほんとは起きてんじゃねぇの?」
隣に身体を横たえて俺も雪男を抱き締めた。不機嫌だった尻尾も俺に負けずに雪男の身体に絡み付いていた。
end
変なところで「善処します」使ってしまった...じゃむ子さん申し訳ありませんっっっ(>д<)