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※燐♀設定です。
──ねぇ、知ってる?
女の子達は流行りものが大好きだ。
──うちの学校の子らしいよ。
だから何だというのだ。
もしそうだとしたって、君らになんの影響もないだろう?
最近流行っているという携帯ブログ。その中でも今話題のものがあるらしい。聞くところによるとそれを書いているのは女子高生で、文章の中に出てくる店の名前や学校の様子からどうもこの学校の生徒なのではないかという噂も流れていた。見たことはないからどんな内容なのかは知らないし興味もない。だが一つ気になることを最近耳にした。
『半年後、私はここにいないかもしれない』
だからこの場に綴るのだ、私を知らない誰かに私がこうして生きていたという真実を知ってもらいたかったから。
病気かなにかを患っているのかと突然の衝撃の文章に読者たちは沸き上がったらしい。読者でない僕でさえ聞こえてくる話からちょっと気になりはじめている。
それが事実ならばなんて悲しいのだろう。自分を知らぬ他人には打ち明けて、自分を知る大切な人にそれを明かさぬ理由は何なのか。
だけど僕は携帯を開かない。
そんなことに構っている暇はない。
やらなければならないことは沢山あるのだから。
******
「先生は噂のブログ知っていますか?」
両手一杯の薬草と数枚のプリント類をしっかりと持ち直す。授業で使った資料を一緒に運んでくれている神木さんがそう問いかけてきて僕の顔を見上げた。勉強以外の事で話し掛けられるのは珍しい。
「知っていますが見たことはありませんよ」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「いえ......でも、たぶん」
神木さんがこうしてはっきりものを言わないのは珍しい。いつもはしっかり相手の目を見て話す凛とした姿も今は成りを潜ませている。
「神木さん?」
すぅと息を吸い込み強い瞳が僕を見る。言い澱んでいた唇がぎゅっと引き結ばれて彼女の手にあったプリントがくしゃりと歪んだ。
「先生は見なくちゃいけないのよ、あのブログ」
今までにない焦るような彼女の仕草に僕は首を傾げた。
「......では、時間ができたら」
「それじゃいつになるかわからないじゃない!」
荒げた声が静かな廊下に響く。何故そんなに泣きそうな顔をするんだ。僕には何が何やらわからない。大体彼女に何かした覚えはなかったし、そのブログがどんなに話題性があったとしたって見るか見ないかを決めるのは僕自信だ。それとも僕に関係する何かがそこに記されているとでも言うのか。
神木さんは両手一杯に薬草とプリントを持ったまま僅かに動く指先で僕の袖を引き、目の前の教職員室のドアをバタンと開けた。僕の机まで早足で歩き持つもの全てをどさりと置くといきなり僕のポケットを探り出した。
「ちょっと、何する...」
「携帯見ます」
見ますって、もう見てるじゃないか......まぁ、見られても都合は悪くはないのだけど気分は良くない。露骨に寄ってしまう眉間の皺を隠すように眼鏡の位置を直してその動向を見守った。迷うことなく表示されたのはブログのようだ、おそらく先程話題に上った例の。
「ブックマークもしてありますから」
画面を向けられてそれを胸に押し付けられる。そこまでする理由は何?目だけでそう問うと神木さんは盛大なため息を吐いた。
「本来世話焼くタイプじゃないんです。でも見ていられなかった」
押し付けていた携帯から手が離れて彼女も僕から離れていく。彼女が視界から外れた時、やっと今まで気付けなかったことに気付けたのかもしれない。
******
今夜はやけに静かだった。
いつもなら賑やかな室内も今日ばかりは空気が違った。
明日、これまで積み重ねてきた努力が試される。そうかといって今更技を極めたり知識を広めたりするつもりはない。今はただ精神的に平常心を保てるよう、冷静を保てるように残された時間を過ごすしかなかった。そうでなくてはならなかったのだ。
でも僕の頭の中は理想を語るばかりでちっとも冷静など保てるはずもなく、毎日毎日、期日が近づくにつれどうしようもない痛みに襲われていた。それはもう、息も出来ぬほどに。それでも姉さん本人のことを考えたら僕はただの傍観者にすぎないのだ。命が掛けられているのは姉さんなのだから。
「雪男」
何をするわけでもなく机の上に向けられていた視線が上がった。
「星が綺麗だな」
頬杖をついて目の前の窓から見える空をじっと眺めていた。その横顔には青焔魔の落胤の風貌など欠片も感じられない。逆にその顔は穏やかで年相応な清廉さを持ち合わせていた。
「あのな...雪男」
再び俯くように視線は逸らされてその先にある掌がぎゅっと堅く握られた。何かを我慢しているような表情は見ているこちらもツラくなる。僕はがたりと椅子から腰を上げて姉さんの傍に身体を寄せた。
「何?」
「.........」
「言ってよ」
僕は腰を折って近くでその揺れる瞳を見つめた。唇が小さく動く。
言ってくれたら何でも聞いてあげる、何でも望みを叶えてあげる、そう思っているのに姉さんの唇からは小さなため息が漏れ、次には自嘲気味に口端が上がった。
「明日、絶対に祓魔師の資格、もぎ取ってくる」
僕は眉間に皺を寄せた。どうしてそんな笑顔が出来るのか。どうしてそんなに貴女は強いのか。
すぐ傍にある細い身体を抱き寄せずにはいられない。その暖かさを匂いを全てを自分の腕の中に閉じ込めてしまいたい。どこにもいかないように、消えてしまわないように。
「僕がいる意味が無いじゃないか」
「...え?」
「何で一人で頑張るんだよ」
「.........」
「画面の向こうの他人じゃなくて僕じゃだめなの?」
くるりと僕に向けられた青が揺れた。とても儚く揺れた。一瞬で沸き上がった雫が一粒、頬に触れた僕の手を流れていった。
******
○月○日
最後になるかもしれない書き込み。
ここに来てくれたみんなありがとう。
いってきます。
そこからずっと下までスクロールした先に。
ゆき、守ってくれてありがとう。
それからブログは更新されていない。
今夜も月が綺麗だ。
月を眺める僕の腕の中には静かに眠りについた天使のような悪魔がひとり。
end