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□メビウスの輪
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いくつくらいの時だっただろう。
大好きな兄さんに対して複雑な感情を抱くようになったのは。

どのくらい耐えてきたのだろう。
幼い頃に掲げた兄さんを守るという思いは成長するにつれて自分の心に闇をもたらした。

誰にも言えない嫉妬や妬みにも似た僕の中にある塊。それを感じてどうしようもなくなると必ず一人になれる場所を見つけては闇と向き合い、表に出てこぬようにそれを押し殺していた。


──雪男


落ち着きを取り戻すと、決まっていつも見つけてくれる人がいた。いつも違う場所にいるのに、どんなところにいたってうずくまって丸くなる僕の頭を撫でてくれる。


──大丈夫か?


僕がどんなことを思ってそこにいるのかを察しているのかそうでないのかそれはわからない。だけど触れる手は大きくて暖かくてその時だけは確実に僕だけに向けられている視線に酷く安心したのを覚えている。

僕の不安定な心は中学に入ってもまだ続いていた。丸まっているようなことはなくなったけれど一人になりたくなると周りの人には何も言わず家を出てしまったこともある。勉強は人一倍頑張っていたからそれで遅くまで図書館にいるのだろうと皆は思っていたようだけど、神父さんだけは任務の有無も塾の予定も把握していたからいつもいつも情けない顔をした僕の前に現れた。


──情けねぇ面だなぁ。


覗き込んでからかって。いつもこちらの感情を逆撫でするように笑った。迎えに来てくれる事自体、心配してもらえていると嬉しかったけどからかわれるのは好きじゃなかった。

その日は満月の綺麗な夜で、任務を終えた僕は正十字学園内の中庭にある噴水の縁に腰掛けて流れる雲の間に見え隠れする月を何時間も眺めていた。
そこに音もなく現れた神父さんは帰ろうと手を引く訳でもなく、隣にどかりと腰を下ろし同じ様に空を見上げ僕の肩を抱き寄せてふっと笑った。


──大いに悩め、お前は気付いていないだけで十分に輝いてる。


初めてだったそんな触れ合い。
霞掛かった視界が少し晴れてくるのではないかと思った、その矢先。神父さんは兄さんの覚醒によって命を落とした。

僕が歩くレールはどこに繋がっているのだろう。兄さんと並走し出した未来には何があるのか、あるいは未来は無いのか。
迎えに来てくれる存在を無くして僕はまたさ迷い始めるのだ。






******






神父さんがいなくなってからもまだ僕は一人になれる場所を探してそこに身を置いていた。

旧男子寮の屋上。
この時期にしては冷たい風が吹き付けて少し震えながらも手すりに体を預けて遠くまで見える青い空をただ見つめていた。やらなければならないことは沢山あるのに部屋には戻りたくなくて、買い物を口実に部屋を出てかれこれもう一時間半、さすがに戻らなくてはと思っていたが身体は言うことを聞きそうにない。

いつまでもこうやっていたって以前のように迎えに来てくれる人はいない。
大丈夫だとただ傍に居てくれる人は消えてしまったのだ。
僕をわかろうとしてくれる人はもう、いない...。

無限に続く終わりのない闇に取り込まれそうな感覚は、全てを飲み込んで戻れなくなるような恐怖と楽になれるのではないかという錯覚を感じさせる。

僕の視界はもう色を感じない。
見上げた空はよく晴れた青い空のはずなのに一面薄い灰色で、その異常な状況にも疑問を持てぬほどに僕は壊れていた。人間とは言えぬ異物に自分はどんどん近付いている。


だけど、息吹きを感じた。


鈍くなった感覚でも感じられるぼんやりとした温もりは僕の頭に優しく触れる。僕の背中と近付いていたその存在がじんわりとした暖かさをを生みながら触れ合っていた。
定まらぬ視線でその元を辿ってみる。


「空、キレーだな」


決して僕を気遣う言葉ではないのに、神父さんの時とは違う言葉が僕を今居るここに繋ぎ止める。
強めとは言えぬ風が陰りを作る雲を動かし柔らかな音を奏でる。貴方は青い瞳を目蓋に隠し「風が歌ってるみたいだ」と言った。それに習って目を閉じると言う通りに風の歌を感じ、迷う心を一旦ゼロにさせてくれるような穏やかな自然の音に心を奪われる。

次の言葉を待っていたけど貴方はただ僕の近くにいて少しだけ触れる暖かさが僕の心を鎮めてくれた。
優しさを貴方の暖かさから貰ってまた正面から向き合えるだろうか。くじけそうになったらまた後ろから支えてくれるだろうか。


「お前がいるから俺は、」


それは僕の台詞だよ。
だから貴方には敵わない、いつまでたっても。だけど僕は貴方に救われる、こうやっていつだって。

胸いっぱいに優しさを詰め込まれて、僕の中の暗い闇は押し出され消えてしまう。
もう一度貴方と歩き出せるなら、メビウスの輪のように出発点が裏側であっても。
神父さんと辿ってきた道を、今度は貴方と。






end


Mr.Childrenの「風と星とメビウスの輪」からお話を考えさせていただきました。
とても好きな曲です。なのにこんな鬱な雪ちゃんにしてしまいごめんなさい(;´д`)

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