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□愛しい人たち
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やはり今日も遅くなってしまった。
早く帰れるように段取りしていたって誰かの陰謀かと思えるくらいに予定通りに終業時間を迎えたことなど今まで片手で足りてしまうくらいしか無かった。

「兄さん、大丈夫かな」

息を切らしながら自宅へ急ぐ。任務でだってなかなかこんなには全力疾走しないのに。

僕らは二人の子供を授かった。
燐が育児休暇を得て日々奮闘して10ヵ月が経つ。毎日一人だって大変なところを二人を見るのだ、ストレスだって半端なものではないだろう。そう思って「自分が見ているから息抜きしておいで」と言っても燐はそれを拒否するのだ。

─雪男一人じゃ絶対無理、それに一人で出掛けたってつまんねーよ。

毎回帰ってくる言葉は同じだ。確かにそうかもしれない。でもだんだんと疲れた表情に拍車が掛かる燐を見ているのはとても心配だった。

やっと見えてきた我が家までもう少し。カーテンの掛かった窓からは淡い灯りが漏れていた。左腕の袖口を少しずらして時計を見るともう12時を回っている。みんな眠っているだろうから今日もそっと扉を開けないと。

「ただいま」

こっそりと扉を開けて誰もいない玄関に小さく小さく内緒話でもするように声を潜めて帰宅の報告をした。音を立てぬように重い荷物を置いてからそうっと靴を脱ぎ廊下を進むとリビングの灯りはついているようだ。いつもこんな時間に帰った時は眠気に勝てずにソファーで寝ていたり、余程無理なときは先に寝ていてほしいと言ってあるからちゃんと布団で寝ていることもある。起きていることも稀にあるがその確率はかなり低い。

「兄さん?」

廊下と部屋を仕切る扉を開けてその姿を探したが見当たらない。食事の用意はダイニングテーブルの上にいつものようにされている。今日も美味しそうだと数々のおかずにお腹の虫も五月蝿く鳴ったが今は燐の姿を探すのが先決だ。
ここにいなければいるところはもう一つしかない。着ていたコートを乱雑に椅子に引っ掻けて一番奥の部屋へと音を立てぬように進んだ。

最後まで閉まっていない扉からは薄明かりが漏れている。暖かなオレンジ色の空間に自分も踏み入れると二つあるベビーベッドの片側に愛しい家族が揃って静かな寝息を立てていた。
小さな体をくっつけて眠る我が子達を見下ろして、それぞれの小さな掌に触れると同じタイミングでぎゅっと指を握り返してくる。こんなに小さな子達なのにその力は驚くほどに強い。人の温もりを感じたせいか、より安心を求めるように片割れはもう一人の片割れに擦り寄って、擦り寄られた方はこてんと頭をそちら側に寄せる。こんな姿を見ていると生まれてきてくれたのが双子で自分は幸せだと目を細めた。

「兄さん」

なかなか寝付かない二人にてこずったのだろうか。子供達の頭上には何冊かの絵本が積み重なっている。
以前一緒に聞かせてもらった燐の読み聞かせは以外にも上手かった。まるで主人公にでもなった気にさせる抑揚のつけた声音は子供達の気持ちを掴んで離さないようで、何をしていても言葉の話せぬ子供達は自己流のアピールの仕方で本を読んでとせがんでくるらしい。そんなやり取りを想像して「今日も育児お疲れ様」と小さく呟いて、眠ったままの頬にキスをした。

「......ん、ゆき、お?」
「うん、ただいま」
「おかえり。つーか、飯!だな、風呂か?」

慌てて立ち上がろうとする燐の肩に手を置いていいからと座らせると不思議そうな瞳で見上げられた。

「食ってきたの?」
「ううん」
「腹減ってんだろ?」
「うん」
「じゃあ」
「もうちょっとだけ二人の寝顔見ていようよ」

雪男は燐の背後に回ってその肩を抱き締めた。夫婦になり子供も授かったというのに燐はこういう不意討ちに弱い。みるみる頬の熱が上がり少しばかり俯き気味だ。

「いつもありがとう」
「......おぅ」
「結婚してよかった」
「......うん」
「愛してるよ」
「っ/////子供達の寝顔見んだろ」
「そうでした」

赤くなってしまった首筋に顔を埋めてフフっと笑うと尻尾の黒い毛がボサボサに逆立った。可笑しいのと愛しいのといつも混ぜこぜの感情にさせられる。唇を尖らせながらも子供達を眺める青い瞳はとても穏やかで幸せそうだった。

「幸せだな」
「幸せだね」
「俺も結婚してよかった」
「うん」
「あ、ぁ......愛してるぞ」

自分から言うことはあってもなかなか言ってもらったことの無い言葉に面食らっていると抱き締めていた腕に燐の手が掛かって逆に腕を抱き締められた。

「もっとぎゅってしろ」
「今日は随分甘えてくるね」
「これで明日も頑張れるんだよ」
「充電?」
「そういうこと」

へへっと振り向いてはにかむ顔が心臓を跳ね上げた。本人はわかっていないというのにこうしていつも心を揺さぶられてしまう。それを楽しんでいる自分がいるのも事実だが。
幸せそうに寝息をたてる双子の頭を撫で、燐から今日の出来事を色々聞いて二人で笑顔を溢した。
こんな平凡だけど幸せな日々がいつまでも続きますように。






end

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